2016年10月24日月曜日

1924年 ド・ブロイ 「物質波」の学位論文

 ちょうど 3 週間前の今月初頭(10月3日月曜日)に、似たような表題で書きました、が。
 その文中には、次のように記しました。

 ド・ブロイが「物質波」の構想を発表したのが、1923 年とされており、…………。

――と。
 今回は、それのフォロー及び訂正となります。というのは――。
 その後、量子力学の歴史を再度ひもといておりますと、ハイゼンベルク関連の書籍には、閲覧したもの(せいぜい二、三冊ですが)すべてに、ド・ブロイが「物質波」の論文を発表したのは、1924 年と、書かれているではありませんか。
 目を移せば、かの 『広辞苑』 第六版 (p.2466) には、次のようにありました。

ぶっしつは【物質波】
電子などの物質粒子が回折・干渉などの波動的性質を示すときの呼称。アインシュタインの光量子説を物質に適用し、一九二四年ド=ブロイが導入。プランクの定数を運動量で割ったものに等しい波長を持つとした。ド=ブロイ波。

 今月 3 日に参考にした資料は、1 年以上前に自分でまとめたメモ――箇条書き数行程度の年表――でしたので、その作成に際して参照した原資料らしきを再度手当たり次第に尋ね求めて、ようよう 『物理学辞典』 (培風館、2005 年)にその記述が発見できました。(参考資料・文献の記録は大切であると、つくづくに身に沁みました。)
 結果、自作年表の該当箇所は〝1924年〟に本日訂正して、おりまして。
 〝構想を発表したのが、1923 年とされて〟いるというのは、不適切であろうというわけなのです。
 〝構想を誰かに伝えた〟というあたりの表現が無難であろうかと……。
 原資料の内容を引用させていただきます。

 ド・ブロイ波
 物質波ともいい、1923 年に、L. de Broglie によって、「物体の運動に付随した仮想的な波」として導入された。粒子の運動量の大きさを p とすると、その波長 λ は、ド・ブロイの関係式 λh / p で与えられる( ℎ はプランク定数)。この波長 λ はド・ブロイ波長とよばれ、古典論の適用限界を示すのによく使われる。…………。
 de Broglie はさらに、…………、幾何光学と波動光学の関係が、古い力学と新しい力学の関係であることを予言した。それが 1926 年のシュレーディンガーの波動方程式の発見につながる。…………。de Broglie の研究は、1924 年の学位論文にまとめられている。
〔『物理学辞典』三訂版 (p.1616)

 この記述によると、すなわち、ド・ブロイが「物質波」の概念を導入したのが 1923 年で、それをまとめた論文は 1924 年に発表され、「それが 1926 年のシュレーディンガーの波動方程式の発見につながる」ことになった、という経緯になるようです。
 ちなみにその間の 1925 年には、マトリックス力学(行列力学)と呼ばれる、量子力学の基礎が完成しています。
 最後に、ハイゼンベルク自身のそのあたりに関する記述も、邦訳で、引用させていただきましょう。

一九二四年に、フランスのドゥ・ブローイは、波動の記述と粒子の記述との間の二重性を、物質の素粒子に、第一にまず電子にまで拡張しようとした。彼は、光波が運動する光量子に対応するのと同じように、ある物質波が運動する電子に「対応」させられることを示した。その時にはこの文章の中の「対応」という語が何を意味するかは明らかでなかった。しかしドゥ・ブローイは、ボーアの理論における量子条件が物質波に関して何を述べているものと解釈されるべきかという考えを出した。核のまわりにまわる波動は、幾何学的な論拠から定常波でなければならない。そうして軌道の周は波長の整数倍でなければならない。このようにしてドゥ・ブローイのアイデアは、電子の力学において常に異分子であった量子条件を、波と粒子との間の二重性と結びつけた。
…………
 量子論の明確な数式化は、ついに二つの相異なる発展から現われてきた。一方はボーアの対応の原理から出発した。…………。一九二五年の夏にマトリックス力学、あるいはもっと一般的に量子力学とよばれる数学的体系に到達した。
…………
シュレーディンガーは、ドゥ・ブローイの核のまわりの定常波に対して、波動方程式を設定することを試みた。一九二六年の初めに、水素原子の安定状態のエネルギーの値を彼の波動方程式の「固有値」として導き出すことに成功し、さらに与えられた一組の古典的な運動方程式をこれに対応する多次元空間の一つの波動方程式に変形する、もっと一般的な処方を与えることができた。もっと後になって、彼の波動力学の式は前にできた量子力学の式と数学的に等値であることを彼は証明することができた。
〔W.ハイゼンベルク著/新装版『現代物理学の思想』河野伊三郎・富山小太郎訳 (pp.12-13, p.14, p.15)

 おそまつさまでございましたがな。

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