2021年6月17日木曜日

薬師十二神将のサンスクリット語

 薬師如来の眷属である〝十二神将〟とは、12 の夜叉(薬叉)の大将のことでした。

 前回、中村元著『佛教語大辞典 縮刷版』を参照し、読み仮名を列記しましたけれども、今回はそれぞれのサンスクリット語を転記して、もとの意味をできる範囲で調べてみました。


使用した主な辞書は次のとおりです。


『佛教語大辞典』 縮刷版

中村元[なかむら・はじめ]/著

昭和56年05月20日 東京書籍/発行


『漢訳対照 梵和大辞典』 増補改訂版

財団法人鈴木学術財団/編

財団法人鈴木学術財団/刊

昭和54年08月20日 講談社/発売


Prin. Vaman Shivaram Apte,

THE PRACTICAL SANSKRIT-ENGLISH DICTIONARY

(Revised & Enlarged Edition)

V. S. アプテ『梵英辞典』(改訂増補版)

昭和53年04月15日 複製第1刷 臨川書店/発行


▣ 宮毘羅大將(くびらだいしょう)

kuṃbhīro nāma mahā-yakṣa-senāpatiḥ

kumbhīra 鰐魚(蛟・蛟龍) ⇨ 【漢訳】金毘羅

 कुम् भीरः ⇒ A shark, Crocodile

nāma ⇨ 【漢訳】雖已見、或見

 नाम ⇒ Named, called, by name

nāman ⇨ 【漢訳】名、名号

 नामन्  ⇒ A name, appellation, personal name

mahā (mahat) ⇨ 【漢訳】大、広大

 महा ⇒ The substitute महत्

yakṣa 超自然的存在 ⇨ 【漢訳】鬼神、夜叉、薬叉

 यक्षः ⇒

 N. of a class of demigods who are described as attendants of Kubera

senā-patiḥ 将軍 ⇨ 【漢訳】大将

 सेनापतिः ⇒ a general


▣ 伐折羅大將(ばざらだいしょう)

Vajro nāma mahāyakṣasenāpatiḥ

vajra 雷電;金剛石 ⇨ 【漢訳】金剛、金剛杵

 वज्र ⇒ adamantine, A thunderbolt, the weapon od Indra


▣ 迷企羅大將(めいきらだいしょう)

Mekhilo nāma mahā-yakṣa-senāpatiḥ

mekhalā 腰帯、帯[取り巻くまたは囲むものの譬喩にもちいる] ⇨ 【漢訳】帯、腰帯、宝帯

 मेखला ⇒ A belt, girdle, waist-band, zone in general


▣ 安底羅大將(あんちらだいしょう)

Antiro nāma mahāyakṣa-senāpatiḥ

anti 反対して、前に;近く

 अन्ति ⇒ Near, before, in the presence of

antika 近き ⇨ 【漢訳】近、所、処

 अन्तिक ⇒ Near, proximate

antima 最後の、最終の ⇨ 【漢訳】最後

 अन्तिम ⇒ Immediately following ; Last, final, ultimate


▣ 頞儞羅大將(あにらたいしょう)

anilonāma mahāyakṣa-senāpatiḥ

anila 風、Vāyu 神;生気 ⇨ 【漢訳】風

 अनिलः ⇒ Wind ; The god of wind


▣ 珊底羅大將(さんちらだいしょう)

Saṃthilo nāma mahāyakṣa-senāpati


▣ 因達羅大將(いんだらだいしょう)

indālo nāma mahāyakṣa-senāpatiḥ


▣ 波夷羅大將(はいらだいしょう)

Pāyilo nāma mahā-yakṣa-senāpatiḥ


▣ 摩虎羅大將(まごらだいしょう)

mahālo nāma mahāyakṣa-senāpati


▣ 眞達羅大將(しんだらだいしょう)

cindālo nāma mahāyakṣa-senāpatiḥ


▣ 招杜羅大將(しょうどらだいしょう)

caundhulo nāma mahāyakṣa-senāpatiḥ


▣ 毘羯羅大將(びぎゃらだいしょう)

Vikālo nāma mahāyakṣa-senāpatiḥ

vikāla 夕方 ⇨ 【漢訳】夜、暮、日暮、非時

 विकालः, -विकालकः ⇒

 1 Evening, evening twilight, the close of day.

 -2 Improper time, unseasonable hour



―― これまでに調べたものを含めて、それなりにまとめたページを、以下のサイトで公開しています。


Sanskrit सन्स्क्रित्

http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/amrta/sanskrit/index.html


2021年6月5日土曜日

夜叉(薬叉)大将と八部衆

 薬師如来の眷属である〝十二神将〟とは、12 の夜叉(薬叉)の大将のことです。〈夜叉(ヤシャ)〉は「仏説薬師如来本願経」などにある表記で、また〈薬叉(ヤクシャ)〉は「薬師琉璃光如来本願功徳経」などの表記で、いずれも〝超自然的存在〟を意味するサンスクリット語の音写文字となります。

 サンスクリット語では、


यक्ष yakṣa


なので、これをカタカナで書くと〈ヤクシャ〉に近い発音になるようです。

 漢訳された仏教経典には、〝十二神将〟は、次のように名称が列記されています。


『大正新脩大藏經』第十四卷


「佛說藥師如來本願經」隋天竺三藏達摩笈多譯

 (p.404)

宮毘羅大將  跋折羅大將

迷佉羅大將  安捺羅大將

安怛羅大將  摩涅羅大將

因陀羅大將  波異羅大將

摩呼羅大將  眞達羅大將

招度羅大將  鼻羯羅大將


「藥師琉璃光如來本願功德經」大唐三藏法師玄奘奉 詔譯

 (p.408)

宮毘羅大將  伐折羅大將

迷企羅大將  安底羅大將

頞儞羅大將  珊底羅大將

因達羅大將  波夷羅大將

摩虎羅大將  眞達羅大將

招杜羅大將  毘羯羅大將



 かくして翻訳者によって漢字の選び方に流儀があり、またこれらの漢字の読み方にも複数の流派があるようです。

 今回、中村元著『佛教語大辞典 縮刷版』の記述にしたがって読めば、


宮毘羅大將(くびらだいしょう)

伐折羅大將(ばざらだいしょう)

迷企羅大將(めいきらだいしょう)

安底羅大將(あんちらだいしょう)

頞儞羅大將(あにらたいしょう)

珊底羅大將(さんちらだいしょう)

因達羅大將(いんだらだいしょう)

波夷羅大將(はいらだいしょう)

摩虎羅大將(まごらだいしょう)

眞達羅大將(しんだらだいしょう)

招杜羅大將(しょうどらだいしょう)

毘羯羅大將(びぎゃらだいしょう)


と、なります。

 さて、眷属(けんぞく)には「つき従うもの」という意味がありますが、これら〝十二神将〟は仏法僧に帰依することを宣言するだけじゃおさまらず、仏法の修行僧を守護する役目を負うことまで、この経典中で宣誓しています。

 ところで先だっては、〈阿修羅(アスラ)〉について調べておったのですけれども、その〈阿修羅〉と今回の〈夜叉〉は、ともに〝八部衆〟の一員に名を連ねているのでした。

 〝八部衆〟は「天・龍」にはじまる鬼神の名称で、〝天龍八部衆〟とも称されます。『広辞苑』には次のように書かれていました。


てんりゅうはちぶしゅう【天竜八部衆】

仏法を守護するとされる八種の異類。天・竜・夜叉・乾闥婆(ケンダツバ)・阿修羅・迦楼羅(カルラ)・緊那羅(キンナラ)・摩睺羅迦(マゴラガ)のこと。もと古代インドの神々で鬼竜の類。八部。八部衆。竜神八部。


 でもって〝八部衆〟のメンバーについては、仏教辞典から抜粋してみました。


『岩波 仏教辞典』 第二版

〔中村元福永光司田村芳朗今野達末木文美士/編 2002年10月30日 第2版第1刷 岩波書店/発行〕


 天 てん

 (p.733)

 サンスクリット語 deva の訳で、神を意味する。神の概念は仏教の救済論には本来不必要であるが、バラモン(婆羅門)文化の影響下に仏教にとりいれられた。バラモン教(婆羅門教)においては『リグ‐ヴェーダ』以来 33 神、あるいは 3339 神ともいわれる多数の神が信仰されたが、その多くは自然現象が神格化されたものである。deva(本来、輝くもの、の意)は、ギリシア語 zeus やラテン語 deus と語源を同じくし、したがってバラモン教の神の概念はギリシア神話やローマ神話のそれと共通するところがある。


 竜 りゅう [s: nāga]

 (pp.1044-1045)

 〈那伽 なが〉と音写。蛇に似た形の一種の鬼神 きしん。天竜八部衆の一つ。インド神話におけるナーガは、蛇(特にコブラ)を神格化したもので、大海あるいは地底の世界に住むとされる人面蛇身の半神。彼等の長である〈竜王〉(nāga-rāja) は巨大で猛毒をもつものとして恐れられた半面、降雨を招き大地に豊穣をもたらす恩恵の授与者として信仰を集めた。特にインドの原住民部族の間では古くからナーガ信仰が盛んであった。

 ナーガは仏教でも初期聖典以来知られ、特に仏伝 ぶつでん 文学には仏陀 ぶっだ を豪雨より護った竜王の話などが見られて、早くから仏教彫刻などの題材ともされた。後にはインド神話の上で天敵とされていたガルダ鳥(迦楼羅 かるら・金翅鳥 こんじちょう)とともに八部衆に組み入れられ、また仏法の聴聞者として〈八大竜王〉なども立てられた。中国では〈竜〉と漢訳された。中国の竜は、鳳・麟・亀とともに四霊の一つで神聖視された。角、四足、長いひげのある鱗虫の長で、雲を起し雨を降らせ、春分に天に昇り秋分に淵に隠れるといわれる。そこで仏教の竜も中国的な竜のイメージで思い浮かベられるなど、大きく変容した。わが国の竜神 りゅうじん 信仰は中国の竜と日本の蛇=水神との習合であるが、雨乞 あまごい の神、豊漁の神、海の神として信仰された。


 夜叉 やしゃ

 (p.1015)

 サンスクリット語 yakṣa に相当する音写。ヤクシャ。〈薬叉 やくしゃ〉と音写されることもある。主として森林に住む神霊である。鬼神として恐しい半面、人に大なる恩恵をもたらすともされた。ヤクシャは樹木と関係が深く、しばしば聖樹と共に図像化されている。女性のヤクシャ(ヤクシー、ヤクシニー)の像も数多く残っている。水との縁も深く、「水を崇拝する (yakṣ-) 」といったので yakṣa と名づけられたという語源解釈も存する。仏教に取り入れられて、八部衆の一つとなった。なお、〈夜叉〉は特定の神格ではなく、北方守護の毘沙門天 びしゃもんてん の眷属である鬼神の総称。またわが国では古来、夜叉に帰依して新生児の無事を祈願し、名をもらい受ける習俗があり、その名の代表的なものが女子名の〈あぐり〉である。


 乾闥婆 けんだつば

 (p.291)

 サンスクリット語 gandharva の音写。〈香神 こうじん〉〈食香 じきこう〉などと漢訳し、また〈犍達婆〉〈健闥縛〉〈乾沓和 けんとうわ〉などとも音写する。1) 天上の音楽師、楽神ガンダルヴァ。2) 中有 ちゅうう の身体。

 インド神話におけるガンダルヴァは、古くは神々の飲料であるソーマ酒を守り、医薬に通暁した空中の半神とされ、また特に女性に対して神秘的な力を及ぼす霊的存在とも考えられていたが、後には天女アプサラスを伴侶として、インドラ(帝釈天 たいしゃくてん)に仕える天上の楽師として知られるようになった。仏教では、この楽師としての半神ガンダルヴァが、歌神の緊那羅 きんなら とともに天竜八部衆の一つに数えられる一方で、また女性の懐妊・出産などにかかわるその神秘的性格のゆえか、輪廻転生 りんねてんしょう に不可欠な霊的存在とも見なされ、肉体が滅びてのちに新たな肉体を獲得するまでの一種の霊魂、すなわち微細な五蘊 ごうん からなる〈中有の身体〉を意味するという特殊な用法も生んだ。胎児や幼児を悪鬼から守るといわれる密教の(栴檀 せんだん)乾闥婆神王 けんだつばしんのう は、人間の再生に不可欠なこの中有の身体としてのガンダルヴァが神格化されたものであろう。

 なお、インドの古典文学において〈ガンダルヴァの都〉(gandharva-nagara) は蜃気楼 しんきろう を意味し、実在しない虚妄なもののたとえに用いられるが、この表現は仏典でも好んで使用された。〈乾闥婆城〉〈尋香城 じんこうじょう〉などと漢訳される。


 阿修羅 あしゅら

 (p.10)

 サンスクリット語 asura の音写。略して〈修羅 しゅら〉。〈阿素羅 あそら〉〈阿須倫 あしゅりん〉などとも音写し、また〈非天 ひてん〉〈無酒神 むしゅしん〉(いずれも通俗的な語源解釈に基づく)などの漢訳語もある。血気さかんで、闘争を好む鬼神の一種。原語の asura は古代イラン語の ahura に対応し、元来は ahura と同じく〈善神〉を意味していた。しかしのちインドラ神(帝釈天 たいしゃくてん)などの台頭とともに彼等の敵とみなされるようになり、常に彼等に戦いを挑む悪魔・鬼神の類へと追いやられた。原語を〈神 (sura) ならざる(否定辞 a )もの〉と解する通俗的な語源解釈(漢訳:非天)も、恐らくその地位の格下げと悪神のイメージの定着に一役買ったと思われる。

 仏教の輪廻転生 りんねてんしょう 説のうち、五趣(五道)説では独立して立てられないが、六道説では阿修羅の生存状態、もしくはその住む世界が〈(阿)修羅道〉として、三善道の一つに加えられている。仏教ではまた、天竜八部衆(八部衆)にも組み入れられて、仏法の守護神の地位も与えられた。また密教の胎蔵界曼荼羅 たいぞうかいまんだら では、外金剛部院にその姿を見ることもできる。図像学的には三面六臂 さんめんろっぴ で表されることが多く、興福寺の阿修羅像(天平時代)はその代表例である。

 戦闘を好む阿修羅神は、古来仏教説話などを通じてわが国にも広く知られ、悲惨な闘争の繰り広げられる場所や状況を〈修羅場 しゅらば・しゅらじょう〉、戦闘を筋とする能楽の脚本を〈修羅物 しゅらもの〉、また争いの止まない世間を〈修羅の巷 ちまた〉と呼ぶなど、多くの比喩表現も生んだ。なお、阿修羅の好戦を象徴する阿修羅王と帝釈天の戦闘は『俱舎論 くしゃろん』や正法念処経の所説に由来するもので、そのとき帝釈天宮に攻め上った阿修羅王が日月をつかみ、手で覆うことから日蝕・月蝕が発生するとも説かれる。


 迦楼羅 かるら

 (p.165)

 サンスクリット語 garuḍa に相当する音写。ガルダ。〈金翅鳥 こんじちょう〉と訳される。伝説上の巨鳥。ガルダは竜(蛇)の一族の奴隷となった母を救うために、神々と争って不死の飲料であるアムリタ(甘露 かんろ)を手に入れ、母を解放した。竜を憎んで食べるとされる。ヴィシュヌ神と親交を結び、その乗物となったという。仏教にも取り入れられて、八部衆の一つとされる。『リグ‐ヴェーダ』において、神酒ソーマを地上にもたらした鷲(スパルナ)と同一視される。


 緊那羅 きんなら

 (pp.235-236)

 サンスクリット語 kiṃnara の音写。〈人非人 にんぴにん〉〈疑神〉の漢訳語もある。歌神。天界の楽師で、特に美しい歌声をもつことで知られる。もとインドの物語文学では、ヒマラヤ山のクベーラ神の世界の住人で、歌舞音曲に秀でた半人半獣(馬首人身)の生き物として知られたが、仏教では乾闥婆 けんだつば とともに天竜八部衆に組み入れられ、仏法を守護する神となった。人非人(人とも人でないともいえないもの)や疑神の漢訳語は、この語の通俗的な語源解釈(人間 (nara) だろうか?)に基づいている。密教の胎蔵界曼荼羅 たいぞうかいまんだら では外金剛部院の北方にその姿が見える。なおわが国では、香山 こうせん の大樹 だいじゅ 緊那羅が仏前で 8 万 4 千の音楽を奏し、摩訶迦葉 まかかしょう がその妙音に威儀を忘れて立ち踊ったという故事(大樹緊那羅王所間経 1、『法華文句』2)で著名。


 摩睺羅迦 まごらが

 (p.954)

 サンスクリット語 mahoraga に相当する音写。大蛇の意。蛇神。仏教に取り入れられて、仏法を守護する 8 種の半神的存在(八部衆 はちぶしゅう または天竜八部)の一つに数えられる。密教の胎蔵界曼荼羅 たいぞうかいまんだら では外金剛部院の北方に姿が見える。


 ようするに、おおよそ〈阿修羅〉を「鬼神」の代表格にみるとして、〈夜叉〉には「自然の精霊・森の鬼神」などのイメージがあり、天女アプサラスの伴侶でもある〈乾闥婆〉は「音楽師・音楽の神」で、〈迦楼羅〉は「不死の飲料であるアムリタ」に関係のある「伝説上の巨鳥」、《人非人》とも漢訳される〈緊那羅〉は「美しい歌声」の「天界の楽師」、〈摩睺羅迦〉は「大蛇・蛇神」ということになります。


―― その他の原典等を含めて、参照・引用したページを、以下のサイトで公開しています。


夜叉十二大将と天龍八部衆

http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/amrta/yaksha.html