2017年6月24日土曜日

ナイス・ガイス・フィニッシュ・ファースト

 次の引用文に見られるごとく、リチャード・ドーキンスは 1976 年当時から、利己的な遺伝子がいかにして利他行動を表現型として発現させるにいたったか、をテーマとしたに相違ない。

この本の意図は、ダーウィニズムの一般的な擁護にあるのではない。そうではなくて、ある論点について進化論の重要性を追求することにある。私の目的は、利己主義 (selfishness) と利他主義 (altruism) の生物学を研究することである。
〔リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』増補版 (p.16)

 それから十余年後、『利己的な遺伝子』の 1989 年版で追加された、
12 気のいい奴が一番になる」は、ロバート・アクセルロッドの成果を受けて書かれたものだ。その文中にも述べられていることであるが、ドーキンスはアクセルロッドに、ウィリアム・ハミルトンを紹介している。
 このいきさつは、アクセルロッド『つきあい方の科学』の第二版 (London, Penguin, 2006) に寄せた序文(1)から、その後の自著にさらに引用して触れられているので、そちらの邦訳で参照すると、次のような記述内容となる。

 私はロバート・アクセルロッドという、知らないアメリカの政治学者から突然に、タイプ原稿を受け取った。原稿には「繰り返し囚人のジレンマ」ゲームを競う「コンピューター試合」をとりおこなうと述べられていて、私にも参加を呼びかけていた。もっと正確に言うと ―― そしてコンピューター・プログラムは意識的な洞察力をもたないという理由によって、この区別は重要である ―― その原稿は、競技に出せるようなコンピューター・プログラムを投稿するよう、私に呼びかけるものだった。私は参加できるようなプログラムを書けなかったのではないかと思う。しかしこのアイデアには大いに興味を引かれたので、かなり受動的なものではあったが、その段階でこの企てに対する一つの貴重な貢献をした。私なりの党派心から、政治学の教授であるアクセルロッドには進化生物学者との協働が必要だろうと感じたので、私たちの世代ではもっとも傑出したダーウィン主義者である W・D・ハミルトンへの紹介状を彼に書いたのである。アクセルロッドはすぐにハミルトンと連絡をとり、二人は共同研究をした(1)

 ハミルトンは実際にはアナーバーにあるミシガン大学の、アクセルロッドと同じ研究所の教授だったが、私が紹介するまで、二人は互いに面識がなかった。二人の共同研究は結果として「協調の進化」と題する論文となり、賞をもらったこの論文は、のちにアクセルロッドの同じタイトルの本の一章となった。したがって、この本の誕生における裏方としての自分の役割をちょっとばかり手柄にしたい思いである。
〔リチャード・ドーキンス『ささやかな知のロウソク』 ドーキンス自伝Ⅱ (p.280)

 また、初版でも『利己的な遺伝子』第 8 章以降は、ロバート・トリヴァースの名が多く用いられ、第 11 章では「本書の内容が、R・L・トリヴァースのアイデアに負うところのあること」が公言されているが (p.311)

親切行為とそれに対する恩返しの間に時間的ずれが介在する条件下で、遺伝子の利己性理論は、相互的な背中掻き関係、すなわち、「互恵的利他主義」の進化を説明できるのであろうか。ウィリアムズは、先に名前を上げておいた一九六六年の著書の中で、この問題を簡単に論じている。彼は、ダーウィンと同様な結論に到達した。すなわち、遅延性の互恵的利他主義は、互いを個体として識別し、かつ記憶できる種においてなら、進化することが可能だというのである。トリヴァースは、一九七一年の論文で、この問題をさらに詳しく論じている。この論文を書いた時に、メイナード=スミスの進化的に安定な戦略 (ESS) の概念は、まだ彼の手元になかった。もしこれが利用できていたなら、彼は当然それを活用したはずだと私は考えている。それは、彼の理論を表現するのにぴったり合った方法を提供するからである。彼は、「囚人のジレンマ」―― ゲームの理論の有名なパズル ―― に言及しているが、これは彼がすでにメイナード=スミスと同じ線に沿って考えを進めていたことを示している。
〔リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』増補版 (p.293)

と、あり、
その、トリヴァースは、アクセルロッドとハミルトンの共同論文を読んで、快哉したのだった。

  Axelrod, Robert, and William D. Hamilton. 1981. “The Evolution of Cooperation.” Science 211:1390‐96.

アメリカの政治学者リチャード・アクセルロッドと共同でハミルトンは、たえず裏切る (perpetual defection) という戦略とともに、やられたらやり返す (tit for tat) という戦略がナッシュ均衡であることを数学的に証明した。すなわち、反復的にかかわり合う場合には、自然淘汰は、短期的に適応度を下げるような社会行動を選り好みするだろう。互恵的利他行動は、囚人のジレンマと融合された。そして、たえず孤立するという戦略は、いつでも一つの選択肢としてあるが、協力のルールは細菌にとっても十分あてはまるほど単純であった。「協力的な生物は不釣り合いなほどの生きる上での利益を得られる」と、アクセルロッドとハミルトンは書き出し、そしてトリヴァース個人としては、それが「超弩級」の発見だと考えた。彼は、ある晩クラシック音楽をかけて椅子に座ってこの論文を読んだあと、「私の心は高揚した」と、ハミルトンに手紙を書いた。
〔オレン・ハーマン『親切な進化生物学者』 (pp.433-434)

 まさに生存の闘争が協力を余儀なくしていく、その理論が急速に進化していく、現場に彼らは当事者として立ち会っているのだった。
 見知らぬ人間のために自分のいのちさえも惜しまない、そういう善良さは、紛れもなく宗教とは無縁の世界からここに顕現するのだ、と。

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