脳と外部機器をつないで操作する技術は、
「ブレイン・マシン・インターフェース (BMI) 」として知られています。
脳波などは人体の電気信号ですが、その逆の発想といいましょうか、筋肉に電気信号を刺激として与えることで失われた筋肉動作の神経回路を復活させる技術も開発されています。
有名なところでは、停止した心臓に与える電気ショックがあります。
脳は表現型を外部に延長するためのインターフェースである、というのは、脳の指向性を表現型と捉えたときに可能と思われます。
芸術表現も他者に対してスイッチを入れる作用があります。
そういう意味では、自己表現というのは、脳による新しい表現型ともいえましょう。
脳という巨大な神経節も遺伝子によってプログラムされたものですが、それは新しい情報システムだという考え方があります。
つまり DNA が開発されて以来の、もっと進化した情報伝達システムだということのようです。
さらに、コンピュータのシステムは、その脳が発明した、独自に進化する情報伝達システムのネットワークとして、急速に構築されつつあります。
人間は言葉を発達させ、画期的な新しい情報伝達手段を得ることで、後天的な学習の、遺産と学ぶすべをも身につけることができました。
文字の印刷技術は、それを加速させました。飛躍的な、新しい情報のコピー手段を得たのです。
ところがコンピュータのネットワークによる、情報コピーの速さは、それまでとは比較になりません。
インターネットへの接続が常態となった時代の、情報の拡散スピードは、過去には想定し難いものだったでしょう。
そういう情報の内容は突然変異的に改変されて同時に広まっていきます。
その特性から、リチャード・ドーキンスは、新しい文化的な自己複製子「ミーム (meme) 」を提唱しました。
遺伝子は英語で「ジーン (gene) 」というのでそれに似せて造語されたものです。
そのような話題が展開された単行本、処女作初版のエンディングはこう締めくくられます。
われわれは遺伝子機械として組立てられ、ミーム機械として教化されてきた。しかしわれわれには、これらの創造者にはむかう力がある。この地上で、唯一われわれだけが、利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できるのである。
〔リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』増補版 (p.321) 〕
ひとは〈神〉の概念を持つがゆえに〈神〉に敵対するという選択肢を得ることができた。
ここでは、遺伝子が「創造者」と語られ、意識をもつことが可能となった人間だけが、
「利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できる」と、明言されています。
それでも、世の決定論者たちによる、ドーキンス自身が遺伝子決定論者なのだという、批判的な主張があるようです。
意識とは、自己認識機能といえます。人間の脳が創発した、メタ認知の能力なのです。
遺伝子は「自己複製」の過程で自己言及しますが、メタ認知というのは意識がそのまま自己言及することです。
DNA にプログラムされた神経系によって創発されたものは、複製に拠らない「自己言及」の能力だったといえましょうか。
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