2017年7月10日月曜日

代謝機能と「粘土」から 生命の鎖

 生命進化の以前に化学進化があったといわれます。
 有機的進化のシステムが、新しいステージへと向かうにあたって、化学進化による発明品の「どちらが先にあったのか」ということは重要な問題であると各文献にあります。
 何が問題だったのか、専門家による一般向けの記述から引用してみますと。

DNA が複製されるためにはタンパク質が必要である。では、現在の生物においてタンパク質がどうやってつくられているかといえば、DNA の遺伝情報によってつくられているのである。つまるところ、これは、「鶏が先か、卵が先か」というような話になる。「 DNA が先か、タンパク質が先か」と考えると、答えは出なくなってしまうのだ。
〔池田清彦『38億年 生物進化の旅』 (p.16)

―― これはようするに。
 デオキシリボ核酸 (DNA) から遺伝情報を読み出すための酵素がタンパク質でできているため、ということらしい。
 周辺にある文脈をまとめると、そういうことのようです。DNA が遺伝子として機能するためには別に酵素が必要らしいのです。
 だから、タンパク質がなければ、そこに DNA があったとしても、きっと何も起こらないのでしょう。
 その点、リボ核酸 (RNA) であれば、自己触媒という作用によって複製をつくることができるらしいのです。
 そういうことが、各文献に共通して、記載されています。

 さて、「 DNA が先か、タンパク質が先か」という問題に別の角度から切り込んだ仮説が一九八六年にハーバード大学のウォルター・ギルバートによって唱えられている。それは、生物は RNA から始まったとする「 RNA ワールド仮説」である。彼がなぜそう考えたかといえば、RNA は DNA と同様に遺伝情報をもつことができるのみならず、RNA 自体が酵素になり(自分を触媒にして)自分を倍加することができるからだ。DNA はそれができない。RNA さえあれば、RNA から RNA が複製されることが可能であり、その過程で RNA の基本ユニットが DNA の基本ユニットに変換されて、より安定的な DNA による遺伝情報保持へと変わっていったのではないかとギルバートは考えたのだ。この仮説は現在でも多くの研究者によって支持されている。
〔『38億年 生物進化の旅』 (p.18)

 ちなみに、池田清彦氏によれば、
遺伝子はタンパク質を作る情報を有している DNA のこと」(同上、208ページ)とあり、
遺伝子の情報とは、おそらく「タンパク質を作る」ことに限定されているようです。
 ですから、タイムスケジュールや環境の変化によってそれぞれの遺伝子にスイッチを入れる役目は、遺伝子には与えられていません。遺伝子にスイッチを入れるのは、細胞の機能となるようです。
 さて次に RNA 以前の化学進化について各文献の記載を見ますと。
 前回にも引用した『進化する階層』には、次のような記述があります。

 これまでわれわれは暗黙のうちに、最初の遺伝物質は RNA だと仮定してきた。選択の実験のおかげで、われわれは化学と生物学の世界をつなぐ化学を発見したと考えるようになっている。これが複製重視の見方であることは認めるとしても、化学進化が複製する RNA を生みだすことができたのかということは、やはり問題にしなければならない。
…………
 このような問題からケアンズ-スミスは、原初遺伝子は RNA でなく粘土からなっていただろうと考えた (Cairns‐Smith, 1971) 。聖書物語のようなこの着想は、まったく不合理だというわけではない。粘土の結晶は、必要なイオンの飽和溶液から容易にできてくる。結晶は核の周囲で育っていき、育ちきるといくつかの小片となって剥げおちる。小片はさらに育つことができる。しかし、このような系は進化をとげるだろうか。
〔『進化する階層』 (pp.98-99)

 このことについて、新しい知見によれば、粘土から RNA の鎖ができたらしいことが報告されている、と、読める別文献の記述があります。
 吃驚仰天。おそるべし、聖書物語、というわけなのです。

 クエン酸回路の自己触媒反応は RNA レプリカーゼのとらえどころのない自己触媒反応とは異なっている。クエン酸回路は自身を直接コピーするわけではないし、回路の他の分子をコピーもしない。その代わりに、回路の反応のネットワーク全体を通じて間接的にコピーされるのだ。仮想の RNA レプリカーゼは自己複製分子ではあるかもしれないが、クエン酸回路は化学反応の自己触媒ネットワークなのだ。これは、クエン酸回路の欠点ではなく、生命の特性を定義するのに、RNA 複製因子とその遺伝情報は必要ないかもしれないという、もう一つのヒントなのである ―― 生命は遺伝子に先だって存在することができるのだ。
 クエン酸回路がすべての代謝活動の始祖であったかどうかは(まだ)わかっていない。RNA 複製因子に先立ってなんらかの種類の代謝が出現したかどうかもわかっていない。けれども、私たちにわかっているのは、この地球の歴史において、生きていると呼ぶに値するまさに最初のモノは、その飢えを鎮めるために自己触媒的な代謝をもつ必要があったということだ。
 そうした代謝は、単なる部品の供給連鎖以上のものである。なぜなら、部品供給者のそれぞれがさらに多くの供給者をつくりだすので、たえずより多数の部品を生産していくことができるからである。…………
 熱水噴出孔がこの回路の接続をも助けることができたというのは、たぶん偶然の一致以上のことなのだろう。というのも、熱水噴出孔にはモンモリロナイトと呼ばれるもう一つの興味深い触媒が含まれているからだ。この名はフランスのモンモリヨンという町の名にちなむもので、この地で農民たちは水持ちの悪い土壌で水分を保つために、この粘土鉱物を用いていた。二〇世紀の末に、ジム・フェリスらは、モンモリロナイトのもう一つ有益な性質を明らかにした。彼らはそれが自然発生的に小さな RNA 構成要素を寄せ集めて、五〇ヌクレオチド以上の長さの RNA 鎖につなげることができるのを発見したのである。
〔アンドレアス・ワグナー『進化の謎を数学で解く』 (pp.76-77)
参考文献として挙げられているものの一部:
  Ferris, J. P., et al. “Synthesis of Long Prebiotic Oligomers on Mineral Surfaces.” Nature 381 (1996): 59-61.
  Huang, W. H., and J. P. Ferris. “One-Step, Regioselective Synthesis of Up to 50-mers of RNA Oligomers by Montmorillonite Catalysis.” Journal of the American Chemical Society 128 (2006): 8914-19.

 確かに ――、生命の最初の機能は、
〝複製〟なのか〝代謝〟なのかという問いには、答えが出ないようでいて、
多数の部品を生産していくことができなければ、〝複製〟はすぐにも止まってしまうことは、予想可能です。
 それならば、〝複製〟に先立って、無制限に原材料を生産できる〝代謝〟の設備が必要であったはずとなります。
 その設備のもと。ようやく、最初の生命の部品となる〈自己複製子〉が「粘土」から発明されたようです。
 おおいなる創造物語の果てに、いずれにせよ、化学進化は、生命進化へと飛躍を遂げることとなりました。
 生命進化の過程には、共生と、多細胞化という次なる跳躍が次第次第に準備されたようです。
 こうして進化のシステム自体が繰り返し進化していくことになるわけです。


J. Maynard Smith & E. Szathmáry ; 複雑性の進化(進化するシステム)
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/games/agent.html

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