2017年1月12日木曜日

〈トレードオフ〉の関係の成立と崩壊と……

そこにトレードオフの関係性がある、といっただけで、
それはアプリオリな事実であり、はたまた原理となって、
うっかりと現実すらも規定してしまう。

――かも知れないという、とある話。
 つまりそれは思考停止のためには、便利な言葉だ。
 同時に、経済学のエッセンスともいわれる重要な言葉でも、ある。
 ここで、トレードオフというのは、まず統計を説明するために発明された言葉のようだ。
 ついでながら、アプリオリというのは、哲学で使われる言葉で「先天的(先験的)」とも、和訳される。
 ところで統計というのは、過去のデータから選別したものだ。
 つまりそれはいかに図式化しようと過去を説明するグラフでしかない。

 経済学で多く語られる trade-off は、辞書で調べれば、
〔“The Oxford English dictionary” Second Edition XVIII (p.351) 〕
trade-off
 A balance achieved between two desirable but incompatible features; a sacrifice made in one area to obtain benefits in another; a bargain, a compromise.
 1961 Hovering Craft & Hydrofoil Oct. 32/2
 Propulsion system integration allowing trade-offs between the requirements of lift and forward thrust can be achieved in a variety of ways.

に見るように、1961 年が文献での初出であるなら、1958 年に発表された「フィリップス曲線」の直後に、発明されたものであろうし、次の解説文ではそれに関する有名な議論は 1960 年にはじまったと具体例をあげて説明されている。

 トレード・オフという言葉が、経済政策を巡る問題として注目を浴びた最も有名なケースは、1960 年代アメリカの物価と失業をめぐってのそれであった。後に二人ともノーベル経済学賞を受賞したポール・サミュエルソンとロバート・ソローによる、有名なトレード・オフ曲線の議論がその始まりである 1)
1)  Samuelson, P. and R. Solow (1960) “Analytical Aspects of Anti‐Inflation Policy,” American Economic Review, Vol.50, No.2.
〔清家篤「労働を巡るトレード・オフを考える」『経済セミナー』 No.647 2009 年 4‐5 月号 (p.47)

「フィリップス曲線」というのは、
「失業率と貨幣賃金率の上昇率との間に存在すると考えられる関係を示す曲線」で、
その(失業率と貨幣賃金率の)両者が〝負の相関関係〟を示すという、統計グラフに基づく。
 この〝負の相関関係〟を trade-off と、表現すれば、すっかり〈二律背反〉の原理となる。

 ここにいうところの〈二律背反〉というのは、「両立しない」のではなく、「両立しがたい」ふたつの主張の関係性を表現する。
 両立しがたいので、妥協点とか、折衷策が模索されることになる。
 なぜか。それが〈トレードオフ〉の関係にあるからだ。
 説明としては便利だし、根本的な解決から目を背けるのにも、適している。

 くり返すが、このあたりの〈トレードオフ〉は、説明であって、事実でも原理でもない。
 さらには〈二律背反〉と似ているかもしれない言葉に「排他原理」とか「排中原理」とかあるが、それらはいずれも、〝中間点〟という妥協を許さないものだ。「排他原理」にも「排中原理」にも、和解という〝原理〟は通用しない。
 けれども、一般に使われる〈二律背反〉には、〝中間点〟の模索が許される。
 だから、政策も、それに基づいて、模索される。
 だが、1958 年に発表された「フィリップス曲線」は、1970 年代には、早くも、統計資料との整合性を失い始める。
 つまり説明が、現実と乖離(かいり)し始める。
 過去に対する説明というのは、自分に都合のいい、ただのつじつま合わせでしかない場合もあるだろう。
 経済政策がまたひとつの、よりどころを失う。

 もしも、正しい理論に基づいて政策が推進されるならば、万一それが失敗するときは、
その理論が実は正しくなった、か、
民衆の理性とか合理性が正しくない、か、
のどちらかだろう。

 ましてや、それが実証された原理でも理論ですらもなく、ただ過去を説明したものに過ぎなければ、未来は混迷の彼方に遠ざかる。
 現在という、現実だけが、そこに残る。

 そこに経済学のエッセンスともいわれる、現実を読み解くための重要な言葉として残された〈トレードオフ〉は、正しく用いられなければ、〝二者択一の原理〟などということにすら、なりかねない。


Antinomie : 二律背反と経済の理論との関係性
http://theendoftakechan.web.fc2.com/sStage/Antinomie.html

0 件のコメント:

コメントを投稿