2017年2月7日火曜日

ニュートン力学の隠れた性質と〈減衰する慣性力〉

 その瞬間をきっかけとして、すなわちリンゴの落下が機縁となって、コペルニクスとケプラーの「天体の理論」と、ガリレオの「地上の力学」が、ひとつとなったのです。
 ニュートン力学は、機械論的可逆的性質を、その特徴とするといわれます。
 つまり、ニュートン力学では、過去と未来を入れ替えて、時間を逆転することが可能なわけです。
 19 世紀初頭の、ラプラスの『天体力学』は、そのニュートン力学の帰結として位置づけられることになります。そこに神が不要となったのはまったくもってニュートン理論のおかげなのだと、ラプラスは認めていたようです。

ラプラスはニュートンの理論体系そのものの真理性について確信をもっただけではなく、ある意味ではそれ以上にこの理論の決定論的な性格に強烈な印象をうけたといってよい。決定論的性格とはある力学系の初期条件についての正確な知識を手にすることが可能である場合には、その系のその後の状態を正確かつ確定的に演繹することができる、ということである。したがって世界の完全な知識への唯一の障害は初期条件についての無知ということになる。ニュートン理論に対するラプラスの確信は、彼の『確率についての哲学的試論』の序論の中の有名な一節に印象的に語られている。この個所で彼は任意の時点で宇宙にあるすべての粒子の状態(位置および速度)とその粒子に作用しているすべての力の両者を一挙に把握[はあく]できる超人的な英知を想定する。このような英知、いわゆる「ラプラスの魔」にとっては、「不確かなものは何一つなく、未来といえども過去と同じように見とおせるであろう。人間の精神が天文学に与えることの完全さの中に、この英知の未熟なスケッチを見ることができる」
井上健「十九世紀の科学思想/第二部 十九世紀の科学思想」『世界の名著 65』解説 (p.51)

 しかしながら、17 世紀から 18 世紀に生きた〝自然哲学者〟ニュートンの本質は、実際〝錬金術師〟にあったので、そこに世界の「第一動因」としての《神》は、必須なものでした。
 その著書『諸原理(プリンキピア)』には、また同時に、「わたくしは仮説を立てません」という有名な言葉も記されています。

太陽に向かう重力は、太陽の各構成部分に向かう重力から合成され、太陽から遠ざかるにつれて、精確に距離の 2 乗に比例して減少します。それが土星の軌道の遠きにまで及ぶことは、この惑星の遠日点の静止から明らかに見られるとおりです。いやさらに、もっとも遠い彗星の遠日点にまで、その遠日点が静止しさえすれば、達するといえましょう。しかし実際に重力のこれらの特性を現象から導くことは、わたくしにはこれまでできませんでした。けれどもわたくしは仮説を立てません。といいますのは、現象から導きだせないものはどんなものであろうと、「仮説」と呼ばれるべきものだからです。そして仮説は、それが形而上的なものであろうと形而下的なものであろうと、また隠在的なものであろうと力学的なものであろうと、「実験哲学」にはその場所をもたないものだからです。
『世界の名著 26』ニュートン「自然哲学の数学的諸原理」〈一般的注解〉より

――そして、山本義隆氏の論文「力学と熱学」〔『熱学第二法則の展開』所収〕を参照すれば、〈減衰する力〉というのは、〈減衰する慣性力〉のことでもあったと理解できます。
 すなわち隠在的力学的という言葉の対比でここに登場する、いわゆる〈隠れた性質〉は、〈減衰する力〉を補完する〈能動的原理〉として、ニュートン自身によって著書『光学』で語られていきます。
 そしてそのことに疑問を呈したのが、ライプニッツでした。

ニュートン氏とその一派は、神の作品についても、とても変わった見解を持っています。彼らによると、神は、時々、自分の時計を巻く必要があるのです。さもないと時計が止まってしまう、と。神は時計に永久運動をさせるだけの展望を持っていなかったことになってしまいます。
私の見解では、この機械には、同一の力と勢い (vigueur) が常に存続していて、それが自然の諸法則と予定された美しい秩序 (le bel ordre préétabli) に従って、物質から物質へとただ移行するだけなのです。
『ライプニッツ著作集 9』 (pp.264-265)

 ここに、ライプニッツによって〈力学的エネルギー保存の法則〉が明記されていると、いえましょう。
 すべての現象には必ず原因がある(= 充足理由律)としたライプニッツは、その原因のすべてが人間によって解明可能だという立場であったでしょうか。
 しかしながら、その力学の理論の完璧さを誇っていたはずのラプラスも、晩年には、こう述懐したといわれています。
われわれの知っていることは極めてわずかであるが、われわれの知らないことは極めて多い
〔井上健「十九世紀の科学思想/第二部 十九世紀の科学思想」『世界の名著 65』解説 (p.53)

 20 世紀、アインシュタイン等の言葉もまた、次のようにつづられています。

読めば読む程、「自然の書物」の構成には非の打ちどころのないのがわかります。もっとも私達が進むにつれて真の解決は却って遠ざかって行くようにも思われますけれども。
岩波新書『物理学はいかにして創られたか 上巻』より

 19 世紀に成立した熱力学の第一法則は拡張された「〔力学的および熱的〕エネルギー保存の法則」で、その第二法則は、ニュートン力学の原理とは異なる〝不可逆性〟を特徴とします。が、第二法則で示された「エントロピー増大」いうなれば〈減衰する力〉は同時に、解明不可能として、ニュートンの理論で探究されなかった原理だったのかも知れません。
 けれども、上に見たように、ニュートンの理論が、みずから〈減衰する力〉の存在を排除したわけではありません。
 時を経てひとつの頂点をみた〈ニュートン力学〉がニュートンの理論からそれを削除したのです。


エネルギー保存の法則
http://theendoftakechan.web.fc2.com/sStage/entropy/Joule.html

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