2017年11月9日木曜日

生命と文化の感染拡大 ないしは 大爆発

 ダニエル・デネットは『ダーウィンの危険な思想(“Darwin's Dangerous Idea” 1995) で、次のように語った。
文化的進化は、遺伝的進化よりも何桁も大きな速さで働き、それが私たちの種を特別なものとしているのであると。
〔日本語版『ダーウィンの危険な思想』山口泰司監訳 2001年 青土社刊 (p.448)

 文化的進化の速さがどのようなものか、バクテリアが薬剤耐性を獲得するスピードのたとえは、わかりやすいだろう。
 文化は伝染するとも、しばしばいわれる。ルイジ・ルカ・キャヴァリ=スフォルツアの『文化インフォマティックス(“GENI, POPOLI E LINGUE” 1996) では、感染拡大のイメージが用いられた。

 われわれは周囲から文化を得て、それを他人に渡す。だが、文化伝播の形態には区別が必要で、それは重要である。疫学から術語を借りてきて二通りの伝播の道筋を記述する。垂直伝播によって、親から子への情報の伝達を表す。水平伝播には、肉親関係のない個人間の道筋をふくめる。垂直伝播では進化は遅い。それは遺伝子の遺伝に似ている。時間単位が世代の推移だからである。それに反し水平伝播は急速に起こり、感染した個人と罹患しやすい者との直接的な接触で伝染病がひろがるのに似ている。
〔日本語版『文化インフォマティックス』赤木昭夫訳 2001年 産業図書刊 (pp.222-223)

 水平伝播する文化の進化スピードに、多細胞生物の世代交代が、たちうちできるはずはない。
 遺伝子進化を待たず、人間の脳はフィードバック・ループを繰り返して環境の変動に対応していくことが、ジェフリー・ミラー『恋人選びの心(“THE MATING MIND” 2000) に書かれている。

進化心理学の仕事は、環境からの手がかりを自分の適応度を上昇させる行動に変換するこれらの心的適応が、進化によってどのように構築されてきたのかを分析することである。脳が大きくなるほど、行動を導くために脳が利用することのできる環境の手がかりは複雑になり、それにつれて行動も複雑になる。一世代という長い時間のサイクルを必要とする遺伝的な進化の中に、脳は、ずっと速いフィードバックのループを何百万回と挿入することができる。秒の単位で、脳は、生存と繁殖を上昇させる新しい機会を追跡しているのである。脳が存在する理由は、まさに、環境が変わるたびに遺伝子が変わらなくてもよいようにするためなのだ。
〔日本語版『恋人選びの心 Ⅱ』長谷川眞理子訳 2002年 岩波書店刊 (p.553)

―― 現在(いま)の環境には、現在の生き物が最適者だというのは正しいだろう。生き残っているからだ。
 適応できなかったものたちは、もういない。
 過去、進化の大爆発がカンブリア紀にあった。そして大量の絶滅が起きた。
 それ以前の、先カンブリア時代というのは、5 億年以上も昔のカンブリア紀にいたるまでの、約 40 億年間をいう。40 億年に比べれば、一瞬の閃きにも似た、爆発的現象なのだろう。
 約 6 億年前の「エディアカラ化石生物群」にようやく、動物と認められる多細胞生物の出現が見られるらしい。

 けれどカンブリア紀に、何が起きたにしても、10 万年とか、20 万年の話ではない。
 類人猿と分岐したあと、数百万年もかけて人類は、現在に至るという。いずれにしても、人間の物語は、数千万年のケタではない。
 真に爆発的な現象は、20 世紀というたったの 100 年間に起きたかもしれない。
 5 億年先の未来には、この 1 万年に何が起きたのかも、詳しい記録が残らなければ〝文化の大爆発〟が起きたとしか、いいようがないのではなかろうか。
 いつのころか文化は、突然に進化をはじめた。突如、コンピュータが登場して、人間が機械化されたということに、話は落ち着くのだろうか。
 ならば、カンブリア紀に、突如として、親とは似ても似つかない生き物たちが生まれたとしても、不思議ではない。
 その場合の突如は、おそらくは遙かな時間を経由した、突如だろう。
 数千万年ののちには、先祖とは似ても似つかぬ生き物たちがうようよしていたとして、文句をつける筋合いはなかろう。
 それはけっして、たかだか数千年というレベルの話じゃないのだから。
 突如、の時間レベルが、遺伝子と文化の進化スピードのように混同されてはならないのだし。
 それとも ―― 突如、というのは、それ以前とは異なり、21 世紀に生まれた人類は、誕生の瞬間からインターネットと共存している、というレベルの物語なのか。
 そういう物語なら、いつだって、突如としてはじまる。


選択 と 選好(選り好みの進化):変化をともなう由来
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/Miller.html

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