2017年11月27日月曜日

生命の〈セントラルドグマ〉

 以前(2017年10月16日月曜日)に、進化の〈セントラルドグマ〉というタイトルで書いたときには、
「遺伝子型⇒表現型」という影響は普通だけれども、
「表現型⇒遺伝子型」というその逆向きの影響は考えられない、という趣旨を中心としておりました。
―― だから、
現代の進化の総合説〈ネオダーウィニズム〉の理論が、いわゆるラマルク説〈獲得形質の遺伝〉を否定するのは、いくらキリンが切磋琢磨して首を伸ばそうと、首を伸ばした努力に見合う突然変異を DNA に起こさせるような能力はそなわっていないのだから、「首の長さは努力の賜物(たまもの)」という理屈は金輪際無理なのだ、という信念によるのだと。

 また少し前に、真核生物の〝細胞核〟について、武村政春・著『生物はウイルスが進化させた』〔2017年 講談社ブルーバックス〕に描かれる仮説なども発表されているのですが ……。と、書いておりますが、このたびは武村政春氏の別の著書から引用させていただきますれば ……。


 すなわち、遺伝情報の伝達には、「その情報が DNA から RNA へコピーされ、それがタンパク質に翻訳される」という、決まった一連の流れが存在するのである。遺伝情報はつねにこの流れにのっとり、けっして逸脱することはない。この考え、そしてこの流れこそが分子生物学の教義であり、一般的に「分子生物学のセントラルドグマ(中心定理、中心教義)」と呼びならわされているものである。
 この教義は、もともと DNA 二重らせん構造の発見者の一人、故フランシス・クリック博士が一九五八年に唱えたものであるが、二一世紀を迎えた現在においてもなお、「分子生物学のセントラルドグマ(以降、単にセントラルドグマと呼ぶ)」は、概念として生命現象の中心にあり続けている。セントラルドグマは全生物に共通のしくみであり、それゆえにこそ、地球上のあらゆる生物は、太古の昔に存在していた共通の祖先から進化してきたことがわかるのである。
〔武村政春・著『生命のセントラルドグマ』2007年 講談社ブルーバックス (p.6)

 DNA を鋳型にして RNA を合成するという通常の流れに逆行したかのように、なんと RNA を鋳型にして DNA を合成するという現象が発見されたのである。
…………
 セントラルドグマにのっとらない情報伝達の報告は、一九七〇年の英科学誌『ネイチャー』誌上においてであった。ハワード・テミンと、その指導の下で実験をしていた日本人科学者水谷哲は、まだ一九六〇年代のまさにガチガチの「教義」であったセントラルドグマに真っ向から対立する現象を見つけ出した。それが、今日「逆転写酵素」として知られる、RNA を鋳型として DNA を作り出す酵素の発見であった。
「レトロウイルス」と呼ばれる RNA を遺伝子としてもつウイルスから発見された逆転写酵素は、DNA を作り出す、すなわち DNA を合成する酵素であるから、分類としては DNA ポリメラーゼの仲間である。
 レトロウイルスは、感染した宿主の細胞のなかでこの逆転写酵素を使い、自身の RNA から DNA を合成し、これを宿主の DNA に組み込んでしまうのである。
〔同上 (pp.60-61)

 テロメラーゼの RNA の塩基配列は、テロメア・リピートを構成する六つの塩基配列、TTAGGG とペアを形成できる配列となっている。……
 このことは、テロメラーゼのもつ RNA を鋳型とすれば、そこに新たに TTAGGG 配列をつくることができるということを意味している。
…………
 DNA を新たに合成できるという点で、テロメラーゼも一応 DNA ポリメラーゼの仲間なのだと思われるが、その性質は「 RNA を鋳型にして DNA を合成する」というものであるから、どちらかといえば「逆転写酵素」と呼ばれる仲間に入ると考えられている。
…………
 ほとんどのがん細胞では、テロメア末端の短縮による老化を防ぐためにテロメラーゼが発現し、活発にはたらいていることが知られている。
〔武村政春・著『DNA複製の謎に迫る』2005年 講談社ブルーバックス (p.172, p.174, p.175)


―― 癌化した細胞は、生命の〈セントラルドグマ〉に叛逆するような、進化の特異な形態の象徴でもあるのでしょうか?

 そういう単純な図式だけでとらえてはいけないと、著書の最後で武村政春氏は語っています。
セントラルドグマは、…… もっと複雑なシステムなのだ、と。」〔『生命のセントラルドグマ』 (p.206)

 ドグマ[教義]とは人間が考えたものであって、それは分子生物学の〈セントラルドグマ〉でも同様であって。
 その解釈もまた人間がしているのなら、単純化した教義をあげつらい間違っているという安直さもその通り慎むべきで。
 ニュートンの力学も、そこから始めるべき指標としてのセントラルドグマ[中心命題]も、いずれは拡張を余儀なくされて、科学の進歩が刻まれていく、という ―― 世代交代しつつ複雑化していく進化の歴史があります。
 ならばここはひとつ、科学的なドグマも、いずれは乗り越えられるためにあるのだと考えてみればよろしいかと。

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