2017年11月23日木曜日

カオスに潜む 進化の物語

 前回の最後のあたりで、
多細胞生物への分岐を果たした単細胞生物にはすでに遺伝子的にはその準備ができていたことが次第に明らかになりつつある。」〔『生命の起源をさぐる』所収/馬場昭次「全球凍結の余波と多細胞生物繁栄のはじまり」 (p.182)
という、一文を紹介したのですが、準備されていた新しい可能性のことについては、これまでに参照した資料にも記述がありました。

多細胞生物が登場したのは、おそらく八億年ほど前である。多細胞生物形成の道筋はよく理解されていない。しかし、それが形成されたのは、管状の原始菌類が自己の内部に壁を作りはじめたときで、それがのちに個々の細胞になっていったと一部の研究者たちは信じている。
 そしておよそ五億五〇〇〇万年前、カンブリア紀における「生物種の大爆発」の際に、すべての可能性が解き放たれた。
〔スチュアート・カウフマン『自己組織化と進化の論理』 (p.34)

 マウスはハードウェアの進歩であり、それを一九六〇年代に発案したダグラス・エンゲルバートは、マウスは新しい種類のソフトウェアを可能にすることができるだろう、と見通していた。こうして発明されたソフトウェアは、その後さらに発達した形態をとり、現在、グラフィック・ユーザー・インターフェイス (GUI) と呼ばれるものとなった。…… この話の大切なところは、次のような点である。どういうことかといえば、ある独創的なソフトウェアが〝爆発的に〟登場するためには、世界に解き放たれることを待ちわびながら閉じこめられていなければならなかった。それが待っていたのは、重大な一つのハードウェア、つまりマウスの到来であった ―― ということだ。その後、GUI ソフトウェアの広がりはハードウェアへの新しい需要を喚起し、ハードウェアは、グラフィックの必要に対処するため、否応なくより速くより大容量のものになっていった。
〔リチャード・ドーキンス『虹の解体』 (p.386)

―― ダニエル・デネットはカウフマンの理論を紹介して、次のように語っています。

サンタフェのモットーが宣言するように、窮屈な秩序と破壊的なカオスの混成地帯を作る、可能的法則の領域内の、カオスの縁[ふち]でのみ、進化は発生するだろう。…… さらに言うと、―― これこそがカウフマンの考え方の中核だと私は思うのだが ―― 進化可能性それ自体が(私たちがここに存在するためには)進化しなければならないだけでなく、進化可能性それ自体が現に進化の〈見込み〉を持つとともに、ほとんど確実に進化しもするのである。
〔ダニエル・C・デネット『ダーウィンの危険な思想』 (p.297)

―― カオスの縁を行く進化については、新しく見た資料でも触れてありました。

 さて、このような爆発的なデザインの多様性を引き起こした源は何であろうか。これを動的な自己組織化の先にあるカオスや系といった言葉で説明しようとすると何か足りないものがある。静と動の中間、つまりカオスの縁で起こる多様性の出現には、ほどよい乱れが必要なのだが、カンブリア爆発は五億四〇〇〇年前に前触れもなく突如として起こった。
 では、カンブリア爆発を生んだ「カオスの縁」はどこに生じたのだろうか。物理の力学系の世界では、外部からコントロールしてカオスを生じるような系の状態を変化させると、秩序状態→複雑性→カオス状態という状態の間を移動する。ここでいう複雑性とは「秩序」と「カオス」の境界に位置する、特徴をつけにくい状態を指す。この領域が「カオスの縁」であり、複雑系における系の柔軟性を維持し、多様な自己組織化という動的な適応状態を作り出すのだ。
講談社ブルーバックス『自己組織化とは何か 第2版』都甲潔(他)著 (pp.115-116)

―― カオスとは渾然一体となった状態ともいえるでしょう。渾沌とした遺伝子の混ぜ合わせのなかで、表現型として発現しない未知の可能性については、化石の見た目からではまずわからないはずです。
 進化の加速が始まる直前、すでに準備されていた遺伝子は、なにかしらの革新をきっかけとして、爆発的な現象となって多様性を顕現したのだと思われます。
 それは多様性が急激に放散されたカンブリア紀以前のエディアカラ紀までに、すでに準備されていたのでなければ、爆発的な進化というような現象にはならなかったと、推測できるわけです。

 多くの物語で、幾度も繰り返し耐え忍んで、忍耐が臨界点寸前にまで達していたヒーローが、わずかなきっかけで胸のすく活躍に転じるというシチュエーションは、それまでの圧力の高まりを示すものです。
 生命の偶然の進化の物語が、偶然にも英雄譚に似ていることがあったところで、不都合はないでしょう。


エディアカラへの道
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/systems/Ediacaran.html

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