2017年10月31日火曜日

ミラーニューロン: 脳のランナウェイ

 〝ミラーニューロン〟と名づけられた神経細胞があります。
 まるで鏡のように相手の動きを真似している神経ということなのですが、ミラーニューロンは、サルの研究をしていたイタリアのパルマ大学で偶然発見されました。
 その偶然の時間は研究中のおやつタイムに訪れたということです。
―― アイスクリームを食べようとしたら、マカクザルの脳に刺しっぱなしだった電極が反応したらしい。
 ささやかなざわめきから転じて、部屋中が色めき立っていくグラデーションが目に浮かぶようですな。

 偶然というのはこのようにおそろしいもので、なにが大発見をもたらすのか、予想もつきません。
 かくしてミラーニューロンを知ってから、テレビなど見ているときに他人の口元を眺めていると、食事の風景を見ている側の口が動いているシーンに出くわしたりします。
 なにがすごいかというと、説明すれば、これは、他人の動作からその心境を読み取る能力につながっていくのだ ―― という、シナリオへと転じていくのです。

 ミラーニューロンは、パルマ大学のリゾラッティらの研究室で発見されたのですが、
『ミラーニューロン』(“SO QUEL CHE FAI.” 2006) という、ジャコモ・リゾラッティとコラド・シニガリアの共著になる単行本が、邦訳(柴田裕之訳/茂木健一郎監修 2009年 紀伊國屋書店刊)されています。
 人間の言葉の起源は「身振り」だったのではないかという説が、そこで詳しく語られています。動物の模倣能力について、以前からの研究を紹介しつつ、最新の理論展開がなされていくわけです。
―― 次の引用個所は、174-175 ページです。


私たちはミラーメカニズムのおかげで、相手が最初に動いた瞬間からその行為を理解するばかりか、自分の意図しない反応が生み出した結果についても確実に理解することになる。こうして、私たちの手と相手の手の間に相互に作用する関係が生まれるのだ。この相互作用は、「身振りによる会話」とさほど変わらない。ミードによれば、「身振りによる会話」は、戦いから求愛、子供の世話から遊びに至るまで、動物の多様な行動の予備段階の特徴となっているという。

ヒトよりも下等な動物にさえ、性質上、身振りとして分類してよさそうな行為の領域[……]がある。それは、他者から本能的な反応を引き出す行為の始まりから成る。これらの行為の始まりが引き出す反応は、すでに開始されていた行為の再調整につながり、この再調整がさらに別の反応の始まりにつながり、それがまた相手の再調整を引き出す[注19]
〔注19  MEAD, G.H. (1910), “Social Consciousness and the Consciousness of Meaning”. In Psychological bulletin, 7 (12), 398. Also in Selected Writings of George Herbert Mead. University of Chicago Press, Chicago.[『創造的知性』、清水幾太郎訳、河出書房、1941]〕

 この「相互再調整」によって、動物の行なう行為に社会的価値が加わり、それに伴い、多くの点で真に意図的なコミュニケーションの先駆けとなる、親密な関係が構築される。しかし、真に意図的なコミュニケーションには、ミラーニューロン系を制御したり、身振りが他者の行動に対して持つ効果を運動知識の中に組み込んだりする能力が必要となる。その能力があれば、他者がその身振りを行なったときに、そうと認識できるからだ。


―― ここで、相互に作用する再調整能力というのは、正のフィードバックをもたらすと、予想されます。
 巨大化した人間の脳が、その相互作用システムにじゅうぶん対応できる能力を備えていたというのは、あまり無茶な話でもないでしょう。
 霊長類の脳の大きさについて、リチャード・ドーキンス著『祖先の物語』(“THE ANCESTOR'S TALE” 2004)(上)〔垂水雄二訳 2006年 小学館刊 (pp.131-132, pp.133-134) 〕に、次のような記述がありました。

ハリー・ジェリソンは、特定の種が脊椎動物や哺乳類などの大きな分類群のメンバーであるときに、その体の大きさからして「あるべき」脳の大きさよりもどれだけ大きいか、あるいは小さいかを表す尺度として、大脳化指数( Encephalisation Quotient 、略して EQ )という指数を提案した。…… 現代のチンパンジーの脳は、典型的な哺乳類があるべき大きさのおよそ二倍であり、アウストラロピテクスもそうである。おそらくアウストラロピテクスと私たちとの中間段階であると思われるホモ・ハビリスとホモ・エレクトゥスは、脳の大きさでも中間型である。両者ともおよそ四という EQ をもち、このことは、同じ大きさの哺乳類がもつべき大きさよりも、およそ四倍大きな脳であることを意味する。
…………
いかなるダーウィン主義的な淘汰圧が過去三〇〇万年のあいだに脳の拡大に駆り立てたのだろうか。
 それは私たちが後ろ脚で立ちあがった後に起こったことだから、脳の膨張に駆り立てたのは、両手が自由に使えるようになり、そのために正確にコントロールできる手先の器用さが与えられたことではないかと述べる人々もいる。一般的には、私はこれが妥当な考えだと思っているが、他に提案されているいくつかの考え以上に説得力があるわけではない。私は、膨張的な進化には、特別な種類の膨張的な説明が必要だと考えている。私は自著『虹の解体』のなかの「脳のなかの風船」という章で、「ソフトウェアとハードウェアの共進化」と呼ぶ一般理論において、この膨張的なテーマを展開した。……
 大きくなった人間の脳、あるいはむしろボディペインティング、叙事詩、儀式的なダンスといった脳の産物が、一種の精神的なクジャクの尾羽として進化してきたということはありうるのだろうか。私は長いあいだこの考え方に特別な愛着をもっていたが、英国で研究中の若きアメリカ人進化心理学者ジェフリー・ミラーが『恋人選びの心』を書くまでは、それを適切な理論の形に発展させる人間は誰もいなかった。


 ドーキンスはこの著書で、〈性淘汰〉による脳の巨大化の仮説を展開しています。
 ジェフリー・ミラーが『恋人選びの心』(“THE MATING MIND” 2000) を単行本として出版したからなのです。きっかけとなったその本は、さいわいにも日本語(長谷川眞理子訳 2002年 岩波書店刊)で参照することができます。
 ここでもまた先人達の肩に乗ってその向こう側の景色を、なんとなくでも、眺めることができるのです。感謝。

0 件のコメント:

コメントを投稿