人間の遺伝子でも逆に「自然淘汰に有利」な場合には「有益」な突然変異となります。
マラリア発生地域では、鎌状赤血球の遺伝子は、ひとつの場合、生き残りに有利です。
ざっくりとした説明ですが……。
片方の親からやって来る染色体を、ひと組の「ゲノム」といい、合わせてワンペアの「ゲノム」をもつ生き物を「二倍体」といいます。たとえば人間のようにふたりの親から、ペアとなるべき染色体つまり DNA の組み合わせを得て、ひとつの細胞になる形態です。
父母から伝わった特徴がそれぞれの遺伝子で同じタイプだと「ホモ接合体」といい、違うタイプでは「ヘテロ接合体」といいます。
異なるタイプの遺伝子があることを「遺伝的多型」と称すようです。
専門家の文章から引用しますと……
生物集団において、ゲノムの中の相同位置にある塩基配列(遺伝子座)を比較したとき、一塩基でも異なっている場合に、その集団のその塩基配列には「遺伝的多型」が存在すると言う。
〔斎藤成也著『自然淘汰論から中立進化論へ』 (pp.215-216) 〕
たとえば、血液型は、
「 ABO 式血液型は、人間で最初に発見された遺伝的多型であるが、A 、B 、O という主要三対立遺伝子が一遺伝子座に共存して」〔同上 (p.79) 〕いると、説明されます。
この本ではまた、ロナルド・フィッシャーが 1922 年に発表した「優性比率について」という論文の内容が、次のように語られています。
〔フィッシャーは、〕ヘテロ接合体のほうがホモ接合体よりも生存に有利であれば、平衡状態になると述べている。これは数的に明記されているわけではないが、超優性淘汰(ヘテロ接合体のほうがホモ接合体よりも生存に有利である場合)を指摘した最初であろう。
…………
鎌状赤血球を引き起こすヘモグロビン S 遺伝子も、アフリカの一部では、野生型のヘモグロビン A 遺伝子と共存している。このような多様性をもっている遺伝子座には、まさにフィッシャーの予想した、ヘテロ接合体のほうがホモ接合体よりも生存に有利となる、超優性淘汰が働いている可能性が高い。
〔同上 (p.75, p.79) 〕
進化論の本ではこのようにしばしば、鎌状赤血球の話題が出てきます。
上に引用した本では、「基礎知識」の項目で、次のように説明されていました。
アミノ酸の変化は、タンパク質の中の起こる場所によってさまざまな影響を与えうる。…… ヘモグロビン S の場合には、タンパク質の表面における変化なので、立体構造に大きな影響はない。ところが、ヘモグロビン分子表面のこのわずかな変化が、以下に示すような大規模な影響を引き起こすのである。すなわち、アミノ酸一個の変化のために、ヘモグロビンの別の場所に以前から存在していた部分と結合しやすくなり、ヘモグロビン S が数珠つなぎになる。柱状に連なったヘモグロビン S が赤血球の中を横断し、ついには赤血球全体の形態変化が引き起こされるのである。
この新しい形状の赤血球は、丸くて中央がくぼんでいる正常な赤血球と異なり、鎌の形に似ているので「鎌状赤血球」と呼ぶ。なんと、塩基一個という分子レベルの変化が、光学顕微鏡で観察できる細胞レベルの変化を引き起こしたのである。さらに、このような鎌状赤血球をもつ個体は貧血になるが、マラリア耐性となることが知られている。
〔同上 (p.208) 〕
―― マラリア耐性と貧血が遺伝子によって表現された形質のセットとなって現れるのです。
いろんな本で説明されているところによれば、鎌状赤血球の遺伝子がひとつなら、死ぬほどの貧血にはならず、またマラリアが流行した際には、生き残りやすいらしいのです。
そのひしゃげた赤血球では、マラリアの病原体が増殖できないということのようです。
ようするに、両方の親から鎌状赤血球の遺伝子をひとつずつ、つまり合わせてふたつ受け継いだ際には、それは死を引き起こすような「致死遺伝子」となるのですが、片親からだけであれば、マラリアに強い人生が送れるということなのです。
以上のざっとした表現でも、マラリアさえなければ、これは有害な遺伝子だと、判断が可能でしょう。でも、地域によっては、マラリアはときに流行し、その遺伝子は、有益な遺伝子として、生き残っていくわけです。
ある日、その突然変異は、滅亡に至る災厄を生き残って、選ばれた、ということなわけです。
であれば、ときに有害である突然変異は、やがては人類の滅亡さえも、救うのかもしれません。―― かすかな希望として。
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