2017年10月27日金曜日

ボールドウィン効果が有効だった時代を経て

 100 年以上前に、アメリカの心理学者ジェイムズ・マーク・ボールドウィンというひとが提唱した理論は、現在〈ボールドウィン効果〉として、進化論に大きな影響を与えています。

この過程はボールドウィン効果と呼ばれる。多くの世代にわたってある経験に繰り返しさらされた種では、その経験に対処する遺伝的傾向を持つ子孫がいずれ生き残る。なぜか? その状況に対処する傾向を持つようにたまたま生まれついた子は、他の子より生き延びる確率が高いからだ。
〔マット・リドレー著『進化は万能である』大田直子(他)訳 2016年 早川書房刊 (p.86)

 そしてあらかじめセットになっているかのように、ボールドウィンといえばラクトースという話題が続きます。酪農の起源と牛乳にふくまれる乳糖(ラクトース)の消化能力のことです。
 人類も、初期設定では、成人になって牛乳をのむと、誰しもが具合悪くなる仕様だったようです。けれども、
ラクターゼ(訳注 乳糖を分解する酵素)遺伝子のスイッチを切らずにおくことで、ヒトは大人になってからも乳糖を消化する能力を進化させた。」〔同上〕
という次第です。

 一般に哺乳類は、離乳後には、ラクトースの消化能力を失ってしまうらしいのですが、人類は酪農を成功させることで、成人でも牛乳の飲める身体を手に入れてしまったわけです。
 これは人類誕生後の出来事なので、初期設定の変更された遺伝子が、酪農の開始以降に勢力をのばして繁栄したということになります。
 いまでは人類の行動や文化が、突然変異した遺伝子の自然淘汰に影響を与えた具体例の、説得力ある話として有名になりました。
 遺伝子と文化の共進化というのは、〝遺伝子と集団環境の共進化〟とも、いいかえられるのではないでしょうか。
 適者繁栄のことわりはすべての環境が作用した複合体です。
 地理的条件だけでなく、地域ごとに異なる集団の文化が、その土地ごとに選ばれ残されていく、遺伝子の傾向に関係ないはずはないでしょう。自然環境だけでなく、個体を取り巻く環境として、所属集団という環境は無視できないわけです。

 思えば、最初に環境を激変させた生き物は、植物の祖先でした。
 特に作意もなく、植物が発生させた大量の酸素は、それまで主流だった生き物を隅に追いやって、そうして猛毒のはずの酸素をうまく扱える生き物が誕生して繁栄していったわけです。
 植物と共生した葉緑体の遺伝子の効果が環境を変え、その環境にうまく適合した動物が植物と共存していったのです。

 遺伝子は環境を変える能力を持つし、それが文化的と称される環境であれば、随時変わっていくでしょう。
 そして、集団環境からのフィードバックは、適者とされる、遺伝子をさらに選択することになります。
 この過程は、ランナウェイ・プロセスだとしても。

 乳児期以降のラクトース分解能力を手に入れた人類の話も、千年単位のはずです。

 活版印刷術は、1450 年頃、グーテンベルクによって発明されたといわれますが。
 その後に人類が《脳の外の》外部記憶領域に記録した情報量は、拡散の一途です。
 インターネットの発明は、それを爆発状態にまで移行させました。
 このところというか、時代の変化スピードに人類の遺伝子は、とうに追いつけなくなっているはずと、思われるのです。
 共進化しているのは、遺伝子ではなく人類の技術、つまり〈技術と文化の共進化〉であって、生き物としての人間はそこからおいてけぼりをくらっているのに、気づけないまま慢心している霊長類なのかも知れません。
 ようするに、文化が進化するほどには人類の遺伝子は進化できないという、自明の理を隅に押しやって……

 ちなみに細菌が薬剤耐性を獲得する進化スピードはいまのところ、人間の対応技術よりも相当に速い、という進化スパンの違いもあります。


脳の巨大化 と 遺伝子と文化の共進化
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/coevolution.html

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