2017年12月26日火曜日

細胞性粘菌の chtA 変異種/抜け駆けするクローン

―― 他人を蹴落としてでも生き残ろうとする習性が、自然の摂理で、もたらされるものなら。
いっそ、その存在を認めたうえで、新しい対策を講じなければならないだろう。
それとも、競争優位の戦略社会に生きるわれわれは、こすっからい生き残りの末裔であるのか。

 細胞性粘菌という、飢餓状態で多細胞化する生物が、ヒューマン』〔NHKスペシャル取材班 2012年 角川書店〕の 90 ページあたりでも取り上げられていました。そこでは単細胞アメーバのそれぞれの個体が遺伝子の命ずるままに分化していき、一部のクローン細胞以外は死んでいくさだめの擬似多細胞生物の映像が活写(ここではもちろん文章で)されていました。
―― たとえばこんな感じです。

 その成果は、圧巻というしかない。粘菌がまるで意志をもっているかのように集合し、まさにナメクジのように移動体を形成し、そして柄を伸ばし、胞子を形成していく。見事な協力の姿が記録されていたのだ。
 ニョキニョキと伸びていくその姿は、まるでキノコか何かが成長していくかのようだ。これがひとつの植物ではなく、10 万単位の粘菌が集まって繰り広げている連係プレーだと思うと、驚愕(きょうがく)してしまう。この協力が見事に感じられるのは、子孫を残すことができるのは胞子を担当した菌だけで、柄の部分を担当した菌は残すことができないということだ。
…………
 柄をつくる粘菌は自らを犠牲にして、胞子となる粘菌に貢献し、種の保存をはかっているわけではない。自分と同じ遺伝子の持ち主だから、自分という個が犠牲になっても、結局は自分の遺伝子が残る。それゆえに協力していると解釈できるのだ。
 遺伝子が命じる行動だけに、同じ条件になれば同じ行動が整然と現れる。しかし、遺伝子の命令である以上、その行動は遺伝子に利するものに限られる。自らのコピーを増やしたいという遺伝子の欲求から外れることはないのだ。

―― 遺伝子の命ずるままに分化して、死に際して役割分担する。
 これは多細胞生物が子孫を残して、自らは死んでいくのと、同じ原理なのでしょうが。
 でもこれが集団化の階層構造の幾重もの段階を経たのちの、多細胞生物同士の協同作業になると、必ずや〝抜け駆け〟を実践しようという突然変異体が発生するわけです。
 ならば、単細胞生物のクローン同士でも、そういう変異体は登場しても不思議じゃございませんな。
―― というわけで、前田靖男『パワフル粘菌には、こうありました。

 子実体における「柄」の形成は死を意味し、柄になろうとする行為は典型的な利他行動とみなされる。では、柄細胞になるのはどのような細胞であろうか。…… すなわち、“細胞が飢餓処理される時点で細胞周期のどの位相にいたかによって、その細胞の細胞集団(個体)内での位置どりが規定され、次いで、そこでの位置情報(位置価)により分化の方向が決定される”のである。この事実は、ある意味では運命論的な空恐ろしいことを暗示している。なぜなら、飢餓処理の時点で、たまたま細胞周期上の G2 の中期付近に位置した細胞は胞子に分化することによって“生”き続けるが、G2 後期、M/S 期、G2 初期にいた細胞は柄細胞に分化して結局は“死”んでしまうからである。別の表現を用いれば、「柄細胞」になるか「胞子」になるかはまったくの“偶然”により支配されていることになる。最近、チーター (cheater : 裏切り者 ) と呼ばれる変異種が後述の REMI 法により分離され、この変異をもたらす遺伝子 (chtA) はタンパク質分解に関与するタンパク質をコードしていることが示された。この chtA 変異種は単独では長い移動体を作るが子実体を形成できず、胞子への分化もほとんど認められない。しかし、これを野生型と共培養してキメラ細胞集団を形成させると、子実体が形成され、その際 chtA 変異種の細胞は優先的に胞子に分化して生き残ろうとする。また、chtA 変異種の胞子分化率は野生型との共培養の継代回数を重ねるのに伴って増大する。このように、野生型は chtA 変異種と競争し、結果として利他行動におよぶのである。この chtA 変異種による“裏切り行為 (?)”の発生学的および分子的機構は今のところ不明であるが、この変異種は野生型と共培養した場合、細胞集団内において胞子分化に有利な部域(集団内での位置)に優先的に選別されると考えられる。
〔『パワフル粘菌』2006年 東北大学出版会 (pp. 15-16)

―― つまりはこの、他人を蹴落としてでも生き残ろうとする習性が、自然の摂理で、もたらされるのなら。
 いっそ、その存在を前提として、自然の摂理は進化する生命に、どのような新しい突然変異種を対抗させ、戦略的に競争優位としたのか。
 それとも、やはりわれわれは、こすっからい生き残りの、その子たる末裔でしかないのか。
 相変わらず、無理が通れば道理は引っ込む世の中ではありますが……。

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