2017年12月21日木曜日

ハイパーサイクル/フィードバック・ループ

 マンフレート・アイゲンの〈ハイパーサイクル〉の発想は、いうなれば食物連鎖のような関係性を、ポジティブ・フィードバック・ループに転換して捉えたものといえましょうか。
 見返りを期待することもないままにたまたま誰かの利益になった行為が、巡り巡って、自分の利益となって返ってくるという円環のシステムです。

 それ以前にネガティブ・フィードバック・ループともいえる〈エラー・カタストロフ〉とは、アイゲンが発見し、命名したものらしく ――。
 しくじりが、自分の能力をどんどこ削ぎ落していく、こちらは負の連鎖の過程です。
 アンドレアス・ワグナーの進化の謎を数学で解く(“ARRIVAL OF THE FITTEST” 2014) に、次のような説明がありました。

 ノーベル賞を受賞してから四年後の一九七一年に、マンフレート・アイゲンは、このエラー・カタストロフを避けるのに必要な正確さを計算した。彼は、レプリカーゼが長くなればなるほど、より高い正確さが求められることを見いだした。経験則でいえば、五〇ヌクレオチドのレプリカーゼの場合、誤読は五〇のヌクレオチドにつき一以下でなければならないのに対して、一〇〇ヌクレオチドをもつレプリカーゼは、一〇〇ヌクレオチドにつき一以下でなければならず、もっと長いレプリカーゼについても同様のことが言える。
…………
これはアイゲンのパラドクスとも呼ばれているものである。すなわち、忠実な複製には長くて複雑な分子が必要だが、長い分子は忠実な複製を必要とするのだ。
〔『進化の謎を数学で解く』垂水雄二訳 2015年 文藝春秋 (pp.64-65)

 このアイゲンのパラドクスを解決しようとした考え方が、ハイパーサイクルという仕組みです。
 ダニエル・デネットのダーウィンの危険な思想(“Darwin's Dangerous Idea” 1995) では、次のように紹介されていました。

アイゲンは、悪循環だったものが、二つ以上のエレメントを持つ「ハイパーサイクル」に拡張されることで、私たちに都合のいいものになりうることを示している (Eigen and Schuster 1977) 。これは難解な専門的概念であるが、底辺にある考え方は十分クリアである。次のような環境を考えてみよう。タイプ A の断片は B が大きな塊になる見込みを増すことができ、その B が今度は少しばかりの C の安定を促す。ループを成すように、この C は A の断片の複製がさらに作られることを可能にする。このようなことが、相互に強化を行う要素間で続き、ついにはプロセス全体が始動するに至る。このようにして、遺伝材料のストリングがどんどん長く複製されていくのに役立つような環境が作り上げられるのだ。(ハイパーサイクルの理解には Maynard Smith 1979 が非常に有効。Eigen 1983 も参照のこと)。
  EIGEN, MANFRED. 1983. “Self-Replication and Molecular Evolution.” In D. S. Bendall, ed., Evolution from Molecules to Men (Cambridge: Cambridge University Press), pp. 105-30.
  EIGEN, M., and SCHUSTER, P. 1977. “The Hypercycle: A Principle of Natural Self-Organization. Part A: Emergence of the Hypercycle,” Naturwissenschaften, vol. 64, pp. 541-65.
  MAYNARD SMITH, JOHN. 1979. “Hypercycles and the Origin of Life.” Nature, vol. 280, pp. 445-46. Reprinted in Maynard Smith 1982, pp. 34-38.
〔『ダーウィンの危険な思想』山口泰司監訳 2001年 青土社 (p.219)

 ジョン・メイナード・スミスとエオルシュ・サトマーリの共著である進化する階層(“The Major Transitions in Evolution” 1995) には、次の記述があります。

 アイゲン自身が、このパラドクスを解こうと努力した。
…………
 アイゲンは、異なる RNA 分子間にはある機能的な相互作用が必要であると主張する (Eigen, 1971) 。…… 第一のメンバーが第二のメンバーだけの複製、第二は第三の、第三は第四、そして最後が第一のものの複製を触媒するというのが、ハイパーサイクルである。
…………
 生態系がハイパーサイクルに満ちていることが理解されれば、生物学者にとってハイパーサイクルはそれほど不思議なものとは考えられない。…… 生態学者は通常、食物連鎖という言い方をするが、死んだ動物は結局植物の成長のために栄養を供給していることを忘れないことが重要である。
  Eigen, M. 1971. Self-organization of matter and the evolution of biological macromolecules. Naturwissenschaften 58: 465-523.
〔『進化する階層』長野敬訳 1997年 シュプリンガー・フェアラーク東京 (p.66, p.67, p.68)

 メイナード・スミスとサトマーリによるもうひとつの共著生命進化8つの謎(“The Origins of Life” 1999) では、次のように書かれていました。

マンフレート・アイゲンとペーター・シュスターは特別なタイプの協同的なネットワークが重要だったと主張し、それをハイパーサイクルと呼んだ。…… A 、B 、C 、および D という数種類の複製体があり、それぞれの複製速度は、サイクルの中ですぐ前の複製体の濃度の増加関数になっている。たとえば B の複製速度は A の濃度とともに増加し、同様な関係でサイクルをひと回りする。A の複製速度は D の濃度とともに増すので、サイクルは閉じた環となる。
…………
実際には生態系はハイパーサイクルに満ちている。…… 藻とミジンコとトゲウオは、どれも複製体である。ミジンコの複製速度は藻の濃度とともに増すし、トゲウオはミジンコの数とともに増す。魚は水中に窒素性の化合物を排出し、これが藻の成長を加速するので、環は閉じるのだ。
…………
分子のサイクルの場合には、もし各複製体がサイクルの次のメンバーのコピー作用を行なう「複製酵素[レプリカーゼ]」だと考えるならば、サイクルを改良するような突然変異として二種類のものが考えられる。ある分子をよりよく作用するレプリカーゼにする変異と、その分子が複製のよりよい標的になるようにする変異である。選択では後者の型の変異は有利だが、前者は有利というわけではない。
 けれども、両方のタイプの突然変異がどちらも選択で有利となるような状況が一つある。すべての分子が「区画」の中、つまり細胞の中に閉じ込められているとしよう。複製する分子の総数がもっとも速く増加するような細胞が、同時にもっとも速く分裂もするとすれば、もっとも速く複製するハイパーサイクルを含む細胞は、他の細胞に比べて頻度が高くなっていくだろう。つまり分子が細胞内に閉じ込められることによって、新しい選択のレベルが導入されたのだ。細胞内での分子間の選択とともに、いまや細胞間の選択があることになる。
〔『生命進化8つの謎』長野敬訳 2001年 朝日新聞社 (p.81, p.82, p.83)


 ハイパーサイクル (The Hypercycle) という考え方はバーチャルでなくリアルに、世界最大のネットワークと思われるインターネット環境のなかで実践されているようです。
 互いに見も知らぬ人間同士が、それぞれの共通の言語を介して、掲示板などで知恵と知識を出し合っているのは、どういう仕組みなのかと、自己中心的な計算高い人種には、理解できないかもしれません。
 人間には、誰かの役に立ちたいという欲求があって、それがまわりまわって自分の不足を補ってくれるという、壮大なネットワーク環境が構築されているわけです。
 インターネットの相互補完計画は、ハイパーサイクルのデジタル版ということにもなります。

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