2017年6月3日土曜日

変化的に安定な戦略

 形態変化がない、古くからの生命体を「生きている化石」とかいう。
 シーラカンスなどはまさに「進化的に安定な戦略」の真骨頂というところだろう。
 突然変異体の侵入を一切許さないというのは、そういうことだろう。
 戦略が「進化的に安定」であるというのは、どうやら「変化しない」ことであるらしい。
 つまり、それは「進化できなくなった」状態である。
 どうやら ESS ――「進化的に安定な戦略」を勘違いしていたのだ。
 異なる戦略パターンの侵入を許さないというのは、遺伝子が変化することを許さない状態であったのだ。
 ただ、進化しなくなった状態を「進化的に安定な戦略」とネーミングしたのだとすれば、センスが疑われるところでもある。

 それは〝進化の袋小路〟をさす。
 だから ESS が「変化的に安定な戦略」だなどというのはきっと、まだまだこちらの理解不足だ。
 どっかに手違いがある。「進化的に安定な変化」のほうが、まだ正解に近いと思いたい。
 それとも。
 どうすれば進化しなくなるかという研究が、〈進化ゲーム〉のはじまりだったか。
 それでも、環境の激変は、そこにいた生命を押し流す。
 いにしえの繁栄の歴史から生き延びるための戦略が語られなければならない。

“Evolution and the Theory of Games”
 邦訳タイトル 『進化とゲーム理論』
 ジョン・メイナード・スミスのこの著作には、「あとがき」の直前に「協力の進化」と題された 1 章がある。
 完璧に合理的なはずの利己的な「ナッシュ均衡」が、進化の歴史では、なぜ最強の戦略ではなくなるのか。
 短期的には、「裏切り戦略」は、サバイバル・ゲームで最も有効であると、前提されても。


John Maynard Smith, 1982. 適応への戦略
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/games/fitness.html

2017年6月1日木曜日

最適者生存 survival of the fittest

ダーウィンが「弱肉強食」の進化論を説いたことはないわけで、
スペンサーからの用語 “survival of the fittest” も
「優勝劣敗」ではあっても、意図的に「弱肉強食」ではなかろう。
スペンサーとしても、存在の「複雑化」が主題なのだから、
“evolution” は「前進・進歩」でり「高度化」だったはずだ。

 日本語で「優勝劣敗」、「(最)適者生存」、「弱肉強食」と訳される survival of the fittest は、ダーウィンのいう「自然選択(淘汰)」(natural selection) に代わるスペンサーの造語である。ダーウィンはスペンサーの用語を好まなかったが、『種の起源』の第五版(一八六九年)で「自然選択もしくは適者生存」と書き、同書の第六版と『人間の進化と性淘汰』(一八七一年)には「進化」を著作名に使っている。
〔スチュアート ヘンリ「文化(社会)進化論」『文化人類学20の理論』所収 (p.9) 〕

このあたりのいきさつは、日本語文献でも繰り返し触れられている。
『現代思想』 2009 年 4 月臨時増刊号 vol.37-5 総特集=ダーウィン
から、引用させていただくなら。

松永俊男「日本におけるダーウィン理解の誤り」
 (pp.51-52)
 ダーウィンは『種の起源』の初版(一八五九年)以来、第五版(一八六九年)まで、「エヴォリューション」という言葉を一度も用いていない。第六版(一八七二年)の最後の部分ではじめて、この語を導入した。「エヴォリューション」はハーバート・スペンサーの進歩の哲学のキーワードであり、スペンサー哲学の流行にともなって生物進化の意味でも広く用いられるようになったのである。

池田清彦「ダーウィンが言ったこと、言わなかったこと」
 (p.62)
 ダーウィンが生まれた年は奇しくもラマルクの『動物哲学』が出た年です。ダーウィンはラマルクのことをあまり評価していなかった。それはなぜかというと、私は「進化時空間斉一説」と言っているのですが、ラマルクは定向進化を考えていたからです。生物は自然発生して単純なものから複雑なものに、下等なものから高等なものに、ただひたすら一様に進化していくという話です。ダーウィンは当然ながらこれには反対しました。ダーウィンの考え方はそれとはまったく違っていて、生物の形質の変化はその場限りの出来事として環境と変異の兼ね合いでアドホックに決まり、予測もできないし、一様に高等になっていくものではない、というものです。そういう考え方は、当時では斬新なものでした。
 (p.63)
………… したがって、ある交配集団があるとして、変異が遺伝するならば、環境に適した変異は集団の中に徐々に広まっていくはずだ、と考えるわけです。
 しかし環境というのはどんどん変わり、安定的ではない。ずっと安定しているならば生物の形質もそれに適して安定しているはずですが、環境は変わってしまう。そうすると、今までより適しているものが出現する可能性が高くなるので、結果として、環境の変化の後を追いかけて生物は適応をしていく。ですから、今いる生物は少し前の環境に適応していて、今の環境には追いついていない。それが進化の原動力になる。これが自然選択ということです。連続的な変異と獲得形質の遺伝と環境が生物の形を変える。それがダーウィンの考え方です。

北垣徹「社会ダーウィニズムという思想」
 (p.175)
………… ダーウィンといえば進化論と、多くの人が反射的に答えるだろう。ところで実は、一八五九年の『種の起原』初版においては、進化[エヴォルーション]という名詞は一度も使用されていない。類似の事態を指すのにこの版で用いられているのは、「変化をともなう由来 descent with modification 」という、やや据わりの悪い語である。

――
結局、『種の起原』(第5版)で「適者生存」をダーウィンは用いるに至ったが、
「適者」は必ずしも単純な戦闘力の「強者」を意味していない。

何に「適する」のかというと、「環境」に対してであり、
そのときどきの「自然環境」に応じた「(最)適者」が生存した、ということになる。
だが生き残りの闘いは、種の内部で争われる。だから、
強さを頼む疑心暗鬼の集団が殺し合いで自滅するストーリーは、なにせよ一般に好まれる。
結果として「自然選択」がサバイバル・ゲームを余儀なくする。

2017年5月29日月曜日

自然選択による血縁淘汰と「タカ‐ハトゲーム」

 1964 年、ウィリアム・ハミルトンの論文「社会行動の遺伝的進化」が出ている。
 そのなかでハミルトンは、個体の適応度 (individual fitness) に加えて、血縁者の適応度も含めた包括適応度 (inclusive fitness) を進化の基準として用いた。
 これにより、自然選択が遺伝子レベルではたらく、理論的な基盤が与えられたとされている。

 1964 年にジョン・メイナード・スミスは、「血縁淘汰」の仮説を提唱した。
 それまで、自然選択による種の淘汰は「群淘汰」の説が有力だった。
 ちなみに自然淘汰も自然選択も同じ「ナチュラル・セレクション」の日本語訳である。
 選ばれて、淘汰されるということから、生き残りをかけた「サバイバル・ゲーム」が自然と連想される。

  Maynard Smith, J., and G. R. Price. 1973. The logic of animal conflict. Nature, London, 246(5427): 15-18.

「進化的に安定な戦略」は、この論文 “The logic of animal conflict” で提案された。
 1973 年にメイナード・スミスがジョージ・プライスと共同で『ネイチャー』誌に発表したものだ。
 1975 年に刊行されたエドワード・ウィルソンの著作でも、この論文を参照して次のように述べられている。

その仮説は、非常に多くの動物において実際には二つの形の争い方があると考えている。すなわち、儀式化された戦いとエスカレートした戦いとである。エスカレートした戦いが起ると、一方の個体が相手を傷つけることになる。このような特別な形の行動の縮尺は、すぐにエスカレートした戦いをするようになっても、また逆に全然そのような戦いをしなくても、どちらも不利になるので、そのために進化的に安定化するものと考えられる。
〔エドワード・O・ウィルソン『社会生物学』合本版 (p.262) 〕

―― このウィルソンの記述は、
「タカ‐ハトゲーム」を概念的に説明したものにもなっている。
ゲームの具体的な説明は、次の資料を参照したい。

 彼らがこの論文のなかで展開した例は、「タカ‐ハトゲーム」とよばれるものである。いま、V という価値のある資源をめぐって、「タカ」と「ハト」という二つの戦略のなかからどちらかを選ぶ個体同士が争う状況を考えてみよう。
 「タカ」は、必ずや一騎打ちにでる戦略であり、「タカ」同士が出会うと必ずや死闘が繰り広げられる。その闘いに勝てば V という資源の全部を得るが、負けると傷を負うので、C という損失を被る。いま、「タカ」同士の間に資源保有能力や戦闘能力に差はないと仮定すると、「タカ」同士の闘いで 1 匹の「タカ」が勝ったり負けたりする確率は半々である。
 「ハト」は、闘いを好まない戦略であり、「ハト」同士が出会うと仲良く資源を分け合うので、双方が V / 2 ずつの利益を得る。「タカ」と「ハト」が出会うと、「タカ」は必ず攻撃し、「ハト」は必ず逃げるので、常に「タカ」が V という利益を得、「ハト」の利得は 0 となる。
〔長谷川眞理子「行動生態学の展開」/『進化ゲームとその展開』第 7 章 (p.183) 〕

  The essential concept Maynard Smith introduces is that of the evolutionarily stable strategy, an idea that he traces back to W. D. Hamilton and R. H. MacArthur. …………
  An evolutionarily stable strategy or ESS is defined as a strategy which, if most members of a population adopt it, cannot be bettered by an alternative strategy. …………
〔Richard Dawkins “The Selfish Gene”New Edition (p.69) 〕

 メイナード=スミスが提唱している重要な概念は、進化的に安定な戦略 (evolutionarily stable strategy) とよばれるもので、もとをたどれば W・D・ハミルトンと R・H・マッカーサーの着想である。…………
 進化的に安定な戦略すなわち ESS は、個体群の大部分のメンバーがそれを採用すると、べつの代替戦略によってとってかわられることのない戦略だと定義できる。…………
〔リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』日高敏隆(他)訳〕

 1976 年にその初版が刊行された、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』で、ESS は自然選択の中心概念として取り上げられ、英国 BBC のドキュメンタリー番組「利己的な遺伝子」では、メイナード・スミスが解説を担当した。


J. Maynard Smith & G. R. Price, 1973. 進化ゲームへの展開
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/games/development.html

2017年5月26日金曜日

戦略的クローンが邂逅するシナリオ

 進化の戦略で多数派となるためには、まず、自分にそっくりなやつとの相性が良くなければならない。
―― 成功する戦略は「自分自身のコピーと遭遇する可能性が高い」という説に、異論の余地はない。

 重要な点は、成功する戦略は、かならずしも特定の競合関係において、相手の戦略に勝つものとはかぎらないことである。成功する戦略は数的に集団で優位なものである。そして数的に優位な戦略は、その定義から、自分自身のコピーと遭遇する可能性が高いのであるから、それは自分自身のコピーの存在するところで繁栄できるときにのみ、数的に優位なままでとどまれるだろう。これが、メイナード・スミスの ESS における「進化的に安定」の意味である。私たちは自然界で ESS が見られると予測する。なぜなら、ある戦略が進化的に不安定であれば、ライバルとなる戦略に追い抜かれて、集団から姿を消すことになるからである。
〔リチャード・ドーキンス『好奇心の赴くままに』ドーキンス自伝Ⅰ (p.390) 〕

 上の引用文と同内容のことはすでに『利己的な遺伝子』 (“The Selfish Gene”New Edition, 1989) の「補注」 (Endnotes, pp.282-283) で語られている。日本語訳では、第 5 章の補注「進化的に安定な戦略……」と題されたものになる。

 誰でも危険な戦闘状態で、自分のクローンとの遭遇が最悪の事態となれば、いい気はしないだろう。―― 自分が最凶の存在でないことを願うばかりだ。
 できれば「いいやつ」であって欲しいものだ。
 けれど、自分との戦闘に「わくわくする」ような生命体も、シナリオとしては不自然ではない。どの戦略パターンが増殖していくかという展開で、そういう、強い敵に「わくわくする」ようなパターンが繁茂するとは予想し難いが。
 地獄に突き落としたい卑怯者にも、戦闘場面で、それなりの、利はあるだろう。

 進化的に安定な戦略 (ESS) というのは、戦略的クローン集団が安定して存続しているとき、異なる戦略パターンは一切の侵入を許されない状態をいう。
 その戦略クローン集団に対しては、破壊工作としての他のいかなる戦略パターンも通用しないということだ。
 ここで疑問がある。戦略パターンとは方向性であって、状態をいうのではない。
 遺伝情報が変化しないこととは、一致しないのだ。
 すなわち、同じ戦略パターンのもとでは、そもそも遺伝子の変化は前提されているらしい、もとの理論基盤が進化論だからだ。
 遺伝情報の変化を許す戦略に、異なる遺伝情報が侵入可能なセキュリティ上の問題はないのであろうか。
 進化ゲームはここからはじまった。

2017年5月23日火曜日

ナッシュ均衡と囚人のジレンマの年譜

 1949 年 11 月、
『米国アカデミー会報』にジョン・ナッシュの 2 ページの論文が掲載された。
〔シルヴィア・ナサー/著『ビューティフル・マインド』塩川優/訳 新潮社刊 (p.165) 参照〕

 のちに〈ナッシュ均衡〉と呼ばれる画期的な証明が世に出た年は、一般にこの年とはなっていないようだ。
 日本語訳資料として次のものが、『ナッシュは何を見たか』(日本語版/シュプリンガー・フェアラーク東京刊)に収録されている。

Proceedings of the National Academy of Sciences, 36 (1950), 48‑49
「 n 人ゲームにおける均衡点」

 いずれにせよ、年明け早々には、動きがあった。〈ナッシュ均衡〉を受けて、ランド研究所で新しい形の戦略ゲームが開発された。
 1950 年 1 月、ランド研究所のメルヴィン・ドレッシャーとメリル・フラッドの考案した実験「非協力的な二人」が、アーメン・アルキアンと、ジョン・D・ウィリアムズを被験者として行なわれたのだ。
〔ウィリアム・パウンドストーン/著『囚人のジレンマ』松浦俊輔(他)/訳 青土社刊 (p.139~) 参照〕

 1950 年 5 月、ナッシュの博士論文の指導教授アルバート・タッカーが、スタンフォード大学で、「囚人のジレンマ」についての講演を行なった。
 1950 年、ナッシュの博士論文「非協力ゲーム」が完成した。その年の夏、ナッシュはランド研究所の顧問研究員として着任した。
 1954 年夏、ナッシュはランド研究所を去った。同年ジョン・フォン・ノイマンはランド研究所の顧問を降りて原子力委員会の委員となった。
 1994 年 10 月、ナッシュのノーベル経済学賞受賞が決定した。

 20 世紀のなかばにナッシュが最初の脚光を浴びたころの世界では。
 1943 年にフォン・ノイマンがマンハッタン計画に参加した。
 1945 年 3 月、「 EDVAC 報告書の 1 次稿」のコピーが世界中にバラまかれた。それは、フォン・ノイマン型といわれる「プログラム内蔵方式」のコンピュータの青写真であった。
 弾道計算に、高速計算可能な新型コンピュータの開発が求められていた。
 1950 年の当時にフォン・ノイマンが語ったという、証言の記事がある。1957 年に彼を追悼して、クレイ・ブレイ・ジュニアが『ライフ』誌に寄稿したものだ。
「明日ソ連を爆撃しようと言うのなら、私は今日にしようと言うし、今日の五時だと言うのなら、どうして一時にしないのかと言いたい」

 1949 年 8 月には、ソ連が原爆開発に成功した。
 1950 年 6 月に、北緯 38 度線の侵犯をきっかけにはじまった朝鮮動乱は「朝鮮戦争」といわれた。第二次世界大戦終結時の陣営の構図が明確化されるとともに、アメリカの対日政策は大きな転換点を迎えることになった。
 1952 年、アメリカは水爆実験に成功し、翌年にはソ連も実験を成功させた。
 1953 年 7 月に朝鮮動乱の休戦協定が結ばれて、それは現在も継続しているが、その「戦争」状態が終わったわけではない。
 1950 年代初頭という時代は、いわゆる〈非協力ゲーム〉が導く数学的〈ナッシュ均衡〉を支持する方向で推移しているようでもあった。
 1970 年代になると、ゲーム理論は生物学からの協力を求められた。理論そのものは、他分野に協力的であった。

 そして〈協力ゲーム〉における〈ナッシュ均衡〉を模索する形で、再評価がはじまる。
 結局、〈ナッシュ均衡〉がもたらしたジレンマは、論理上の〝落とし穴〟であるということらしい。
―― 最悪の事態を想定し備えるばかりが、合理的なのだろうか、と。
 それでも、やはり短期的には、裏切り戦略は有効なのだ。かつてヒトラーが実践したように。


John F. Nash ; ナッシュ均衡
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/games/Nash.html

2017年5月20日土曜日

合理的経済人はどこまでリアルか

 〝しっぺ返し〟というのは、当面は友好的な態度を示すけども、「やられたらやり返す」という単純な機械的反応をプログラムされた戦略に用いられる。
 まったくもって、最初の人情的ふるまいは、冷酷な戦略のはじまりにすぎないのだ。
 いわゆる〈ナッシュ均衡〉の実験を現実の人間で繰り返せば、時に戦略が「しっぺ返し」的にもなるらしい。
 いずれにせよ、〝合理的経済人〟のとるべき戦略ではない。裏切られる可能性の高い戦略は戦略ともいえないと、限定された線形理論では、単純・明解に一蹴されようか。
 1950 年以来、そういう一連の実験的状況は、「囚人のジレンマ」と呼ばれるようになった。
 互いに協力し合えば明るい未来が約束されているのに、もし一方的に裏切られたなら、悲惨な地獄が待っている。けれど、こっちも裏切れば、被害は最小に抑えられるのだから……
 ここで〝ジレンマ〟にさいなまれるのは、〝合理的経済人〟ではない現実の理性的人間だ。
 経済人が合理的ならば、理論的には「裏切り戦略」以外を選択することなどありえない。

 では、その最初から〈ゲーム理論〉に登場する〝合理的経済人〟というのは、仮想現実にすぎないのか。
 なれば〈ゲーム理論〉がリアルへとつながるきっかけは〈ナッシュ均衡〉に与えられたこととなる。
 天才に閃いた最強の「裏切り戦略」が現実を覚醒させたともいえる。
 確実に生き延びることを目的とする生命が、ただ計算高ければ、「裏切り戦略」以外を選択することはありえないのだから。
 だけど現実と理論は乖離(かいり)していく。

 ここに、線的〝合理性〟の限界が、理論的あるいは実験的に示されたことともなる。
 そういう合理性だけを追求した生命進化に、繁栄は、決して保証されないのだ。
 だが自然は、もっと非道なサイコパスの存在を許さないわけでもない。
 かれらはふたたび現実を覚醒させる切り札として用意されているのだろうか。

2017年5月18日木曜日

宇宙船地球号の〈零和遊戯〉

 ゲームの前後で、獲得されるべき資源の総量が変わることはない。全体の利得が増えも減りもしないのは、ゼロサムゲームの大前提だ。
 フォン・ノイマンのゲーム理論ではさらに、ゲームのプレイヤーは完全に理性的だと、制限を受ける。
 合理的な経済人であることが、ゲーム参加への必須条件なのだ。
 だからゲーム理論でも「ケーキ分割問題」の正解は、二者間の場合、
〝片方が分けて、もう片方が選ぶ〟ということになる。

 けれど、その役割は、どのように決まったのか。
 分ける方が多少なりとも〝損をする〟と最初から理論づけられた状況で、ケーキを分けるべきはどちらなのか。
 これには偶然が、からまざるを得ないだろう。
 公平なのは、ジャンケンで、まず一戦を交えることだ。
 ふたりとも理性的なのだから、切り分けのジャンケンに負けてナイフを渡されても、いきなり相手を刺し殺したりなどしないし、ケーキをうっかりとけっこうな泥水に落っことすなども、しない。
 ゲームを完結するには、相手が必要なのだし、ゼロサムゲームなのだから、資源の総量にも変化は起こらない。
 ゲームの前提が、そうなっている。
 だから興奮していきなり「いかさまだ!」と叫んで、卓をひっくり返すのは、御法度(ごはっと)だ。
―― てやんでい! と、鼻をこするのはかまわないが。
 参加者は、相互に協力して、ゲームを完遂しなければならないのだ。

 そもそもが。フォン・ノイマンの〈戦略ゲーム〉の特徴は、協調ゲームだった。
 基本が〈ゼロサムゲーム〉という、完全対立の構図になっているので、そこには出し抜こうとする戦略以外は見えてこないような気がする。
 しかしながら、それは出発点となる〈ふたり・ゼロサムゲーム〉の場合であって、人数がそれよりも増えた際には、部分的に二者対立の構図を見ていく必要が出てくる。その戦場には二極化された勢力があると仮想しよう。すると、一時的にせよ、自軍の勢力を維持し増強するには味方と数えられる勢力が多いほど都合はよくなる。つまり協力して〝敵〟と戦っていくゲームへと変貌していくのだ。この展開ではどうやら蜀の劉備を第三勢力とした『三国志演義』の想いは、西欧へは届いていない。
 この群雄の、統合の過程では、協力ゲームになる。
 また〈ゲーム理論〉の大前提が、「経済行動」の解明なので、資源の分配をめぐる戦略としての協調は、必然なのだともされる。

 だが勝利のあかつきには、群雄割拠に向かう分散が始まるだろう。
 突如として、出し抜く限界へ挑戦した〈ゲーム理論〉が姿をあらわす。
 非協力者とのあいだに、「解」としての妥協点は、数学的に存在するのか?
 その答えが、〈ナッシュ均衡〉だという。
 そのときゲームの総得点は〝ゼロ〟である必要はなくなる。
 J. Nash に降臨したのは、宇宙船地球号を舞台とした〈非・零和遊戯〉なのだ。


ゼロサムゲーム:フォン・ノイマンの〈戦略ゲーム〉
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/games/Neumann.html