ここで、カウフマンが行なった計算とは〝ブーリアンネットワークを遺伝子制御のモデルとする〟とかいうものらしい。
このあたりで、
k 個の引数を持つブール関数は、[ 2 の( 2 の k 乗)乗]個ある
というような、わけのわからぬ計算が登場してくるので、詳しくは、各自そのあたりの資料を見てくだされ。
とりあえず理解の範囲で簡単にいうなら、多細胞生物の細胞の種類の数は、遺伝子の数の平方根になるという仮説に科学的根拠を求める計算のようだ。
20 世紀に書かれた資料だと、ヒトゲノムプロジェクトがまだ完了しておらず、遺伝子の数は、当時は 10 万程度とみなされていたため、ヒトゲノムプロジェクト完了後の新しい視点からの記述は、そのあとのことになります。
―― と、書いてから、あらためて「複雑系」の本にあたっている最中に、その資料に出くわしたのでした。
実は以前から冒頭部分のみ参照していた、スチュアート・カウフマン/著『自己組織化と進化の論理 宇宙を貫く複雑系の法則』(“AT HOME IN THE UNIVERSE” 1995) なのです。
英語タイトルの副題は “THE SEARCH FOR LAWS OF SELF-ORGANIZATION AND COMPLEXITY” となっている。
最初の邦訳本は 1999 年〔日本経済新聞社/刊〕だけれど、文庫化が 2008 年に行なわれており、そちらの訳注として次のような一節がある。
(訳注 二〇〇七年現在ではヒトの遺伝子の数は二万数千程度と推定されている)
〔ちくま学芸文庫『自己組織化と進化の論理』米沢富美子/監訳 (p.58) 〕
その本の「第 4 章 無償の秩序」に、かの「ブール式ネットワーク(ブーリアンネットワーク)」が登場して詳しく語られていた。が、きっと重要なのは、強調して書かれた次の主張であろう。
……、私が次章でより完全に展開するであろうアイディア、すなわち「複雑な系がカオスの縁、あるいはカオスの縁の近傍の秩序状態に存在する理由は、進化が系をそこに連れていったからである」というアイディアの証拠を提供しておくことにしよう。
…………
しかし「複雑適応系はカオスの縁に向かって進化する」という作業仮説を評価するのは、きわめて時期尚早にすぎる。
〔同上 (p.186, p.188) 〕
さて、問題の計算過程、
k 個の引数を持つブール関数は、[ 2 の( 2 の k 乗)乗]個ある
という内容は「第 5 章 個体発生の神秘」において、
〝入力が K 個あれば、2 の K 乗個の可能な活性の組合せが存在する〟という記述の前後で、カウフマン自身によって詳細に説明されている。
すなわち〝K 個の異なる入力をもつ可能なブール関数の数は[ 2 の( 2 の K 乗)乗]である〟のは、
「一つのブール関数は、これらの入力の組合せのおのおのに対して、1 か 0 の応答を選ばなければならない」〔同上 (p.213) 〕
からということらしい。
―― そして、
もし細胞の種類が状態循環アトラクターであるなら、生物中の遺伝子の数の関数として細胞の種類の数を予測できるはずである。遺伝子一個あたり K = 2 個の入力がある場合、もっと一般的に言うと方向づけネットワークの場合、状態循環アトラクターの中央値は、おおよそ遺伝子の数の平方根にすぎない。この議論を進めれば、一〇万の遺伝子をもつ人間には、約三一七の細胞の種類が存在することになる。そして実際に、知られている人間の細胞の種類の数は、この数字に近い二五六種なのである。
〔同上 (pp.221-222) 〕
という論旨も同じく「第 5 章」に記述されていた。
―― やはり、詳しくはわかりかねるので直接文献にあたってくだされ。
それにしても、カウフマンがこの議論を今後どのように修正していくのかが、気になるところだ。
が、もうひとつ気になるのは、上に引用した「複雑適応系はカオスの縁に向かって進化する」という文脈である。
これは〝進化の方向性〟を示唆するものであろうか。
同書の 61 ページには、「生命は多くの場合、カオスと秩序の間で平衡を保たれた状況に向かって進化する」ともある。
なんだか、生命は〝〈カオスの縁〉に創発する〟のではなく、そこへ向かって進化する性質をもつもののようだ。
どうやら〈神へと向かう科学〉は終焉を迎えたのだけれども、〈カオスの縁に向かう進化〉をカウフマンは見たらしい。
天国は、罪によってではなく、科学によって消失した。わずか数世紀前まで、人は神に選ばれた存在であり、神のイメージの中で造られ、われわれに対する神の愛によって造られた世界を維持するための存在である、と西洋人たちは信じていた。
それがたった四〇〇年後の現在、われわれは自分たちがちっぽけな惑星に住む存在でしかないことを知っている。
〔同上 (p.17) 〕
失楽園でカウフマンが発見したのは、〈自己組織化〉による必然の進化なのだった。
この枠組みでは、ダーウィンの〈自然選択〉による偶然の進化は、〈自己組織化〉のもたらした秩序に働きかける役割を担うことになる。
西欧においてはやはり、コスモスとカオスの対立の図式こそが希望であるのか。
シミュレーション・モデル
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/systems/simulator.html
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