2018年1月29日月曜日

〈カオスの縁〉に創発する生命

 M・ミッチェル・ワールドロップ/著複雑系(“COMPLEXITY” 1992) の続き。第六章からのキーワードは、〈人工生命〉もしくは〈カオスの縁〉だ。
―― 第八章のサブタイトルは、〈新しい第二法則〉誕生の予感となっている。

「ぼくは生命や組織化が、ちょうどエントロピーの増大が避けがたいのと同じ程度に避けがたいものだという考え方に立っている」とファーマーはいう。「ただ、生命や組織化はときどき思い出したように事態が進行するものだし、それ自体に基礎をおいているわけだから、一見したところ、より気まぐれに思えることがある。生命はもっとずっと一般的な現象の一つの反映だ。その現象というのは、熱力学第二法則に対応した何か ―― 物が自己を組織化しようとする傾向を記述し、いつか宇宙で目にすることが予想される組織化の一般的性質を予言する何らかの法則 ―― によって記述されると考えたい」
〔『複雑系』田中三彦・遠山峻征/訳 1996年 新潮社 (pp.406-407)

 ファーマーというのは、ロス・アラモス研究所の物理学者ドイン・ファーマーのことで、彼は、スチュアート・カウフマンをイリノイ大学のコンピュータ科学者ノーマン・パッカードに引き合わせた人物だ。
 彼ら三人はカウフマンの提案で、1985 年から共同研究(自動触媒システムのシミュレーション)を行ない、翌 86 年にその成果は論文として発表された。
 いっぽうで、80 年代には、人工生命の提唱者であり命名者であるロス・アラモス研究所のクリストファー・ラングトンが、スティーブン・ウルフラムの研究モデルから、「カオスの境界」の概念を捉えていた。
 カウフマンなどの考えではその境界領域に生命現象が〈創発〉するという。
―― それが〈カオスの縁〉として有名になったのは、1988 年に発表されたパッカードの論文がきっかけであるらしい。

パッカードは、簡単なシミュレーションをしてみた。セル・オートマトンの規則がたくさんある状態からスタートして、各規則に、ある計算の実行を要求した。つぎにパッカードは、どれだけうまく計算したかによって規則を進化させるホランド流の遺伝的アルゴリズムをシステムに適用した。それでわかったのは、最終的に得られる規則、つまり計算をかなりうまくおこなえる規則は、結局のところその境界に集中してくるということだった。一九八八年に、パッカードはこの結果を『カオスの縁への適応』というタイトルの論文にまとめて発表している ―― そしてこれがたまたま、印刷物に「カオスの縁」という言葉が登場した最初のケースになった(ラングトンは公式には、まだ「カオスの〈はじまり〉」という言葉を使っていた)。
〔『複雑系』 (pp.428-429)

 ここで、〝カオス〟という表現による混乱が懸念される。
 数学的〈カオス理論〉の〝カオス〟は、1975 年のリーとヨークの論文「周期 3 ならばカオス (Period three implies chaos) 」にはじまる。この場合に意味される〝カオス〟は、決定論的な法則から必然的に導き出される、複雑で不規則で予想不可能な振舞いをする現象のこと、である。―― ここで〈カオス理論〉が〝必然としての偶然〟を保証するならば〝必然的な偶然〟とは何のことかというような、さらなる混乱が予想されるが、それはさておき、この〝カオス〟は、ギリシャ神話以来の伝統的な〝秩序(コスモス)〟と〝混乱(カオス)〟の対立の図式とは異なる概念である。
 いっぽうで〈カオスの縁 (edge of chaos) 〉は、伝統的な〝秩序(コスモス)〟と〝混乱(カオス)〟の対立のはざまに位置する。
 複雑系という同じ〝新しい体系〟に属するからといって、〝同じカオス〟とはならないと、思われる。
 すなわち、素人目(しろうとめ)には〝複雑系のカオス〟自体がまさしく混乱(カオス)状態なのである。複雑系の科学がいまだ混沌としている由縁でもあろう。

―― ところで、伊庭斉志/著人工知能と人工生命の基礎という資料を見ると、カウフマンはすでに〈熱力学第二法則〉に対応した新しい法則を提唱しているようだ。

カウフマンは宇宙のエントロピー増大の法則と同じレベルの「熱力学の第 4 の法則」があることを示唆しています。
熱力学の第 4 の法則 
 生物は複雑化へ向かう本来的な傾向を持ち、自然選択が作用する可能性を制限する。 
〔『人工知能と人工生命の基礎』2013年 オーム社 (p.86)

―― 同書の続きを読めば、次のような記述もある、が。メイナード・スミスとカウフマンはそれなりに親密な交流があるようでもあり ……。

 カウフマンの実験と仮説については反論も多くあります。カウフマンがこの計算を行った当時にはヒトゲノムの遺伝子は 10 万程度と考えられていました。しかし現時点ではヒトのゲノムはおよそ 25,000 個の遺伝子しか含まないとされています。そのため、カウフマンのモデルに従えばヒトの細胞型の数はおよそ 150√25,000 になります。このことから仮説を裏付ける証拠としては乏しくなります。たとえば著名な進化生物学者のジョン・メイナード=スミスは事実の裏付けのない科学 (fact-free science) と酷評しています [41]
[41] アンドリュー・ブラウン、ダーウィン・ウォーズ ― 遺伝子はいかにして利己的な神となったか、長野敬、赤松真紀(訳)、青土社、2001。
〔『人工知能と人工生命の基礎』 (p.87)

 ここで、カウフマンが行なった計算とは〝ブーリアンネットワークを遺伝子制御のモデルとする〟とかいうものらしい。
 このあたりで、
k 個の引数を持つブール関数は、[ 2 の( 2 k 乗)乗]個ある
というような、わけのわからぬ計算が登場してくるので、詳しくは、各自そのあたりの資料を見てくだされ。
 とりあえず理解の範囲で簡単にいうなら、多細胞生物の細胞の種類の数は、遺伝子の数の平方根になるという仮説に科学的根拠を求める計算のようだ。
 20 世紀に書かれた資料だと、ヒトゲノムプロジェクトがまだ完了しておらず、遺伝子の数は、当時は 10 万程度とみなされていたため、ヒトゲノムプロジェクト完了後の新しい視点からの記述は、そのあとのことになります。


人工生命 (Artificial Life : A-Life)
http://theendoftakechan.web.fc2.com/ess/systems/artificial.html

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