2016年4月8日金曜日

〈イエス〉と〈インマヌエル〉

 イエスは、インマヌエルである、という聖書の記述についてです。

 ラテン語聖書では〈インマヌエル〉は 〈Emmanuhel〉 もしくは 〈Emmanuel〉 であり、これはギリシャ語に音写したヘブライ語をラテン文字表記したものなのです。
 ちなみに、ラテン語表記の違いは次のようになります。

VULGATA 聖書では、〈Emmanuhel〉
NESTLE-ALAND 聖書では、〈Emmanuel〉

 この〈インマヌエル〉、もしくは〈エンマヌエル〉ですが、ヘブライ語の冒頭の音が、ギリシャ語では「イ」から「エ」に変化した音で習慣化して発音されて、定着したようなのです。そういう次第でなのかどうか、ギリシャ語研究者によるカタカナ表記は〈エンマヌエル〉となっているようです。
 もうひとつちなみに、日本語訳聖書での表記は主だったところで「口語訳」「新共同訳」「新改訳」のいずれも〈インマヌエル〉となっています。原典であるヘブライ語から翻訳すると、そういうことになるのだと思われます。
 そいうわけで、このたびは基本的に〈インマヌエル〉と表記することにしました。

 その、〈インマヌエル〉の意味は英語では “God with us”、これを日本語に訳すと「神は我らとともにありとなりまして、上記のどの日本訳聖書もそういうような意味の訳文となっています。
 そして、〈イエス〉の意味は『新カトリック大事典』第 1 (p.305) によりますと YH(主なる神)は救いである」ということのようです。
 このことは『新共同訳 新約聖書注解Ⅰ』(p.36) では、
  神名「 YHWH 」と「救う」(ys‘) を結びつけたもので、「主は救い」を意味する
と記述されています。
 また、『旧約新約 聖書大事典』(p.102) には、その意味について「フィロン『改名』121 参照」とありますが、田川健三氏は『新約聖書 訳と註』 第一巻 (p.512) で、次のように述べておられます。

なお念のため、「イエス」という名前は「主(神)が救い給う」という意味だ、という説明は、語義的には間違いである。単に「救う者、救いに関わる者」といった程度の意味。単語そのものには「主が」という意味は含まれていない。しかし宗教的な意味づけを好む人たちが、フィロンの例からもわかるように、これに「主の救い」という宗教理念を読み込んだのである。語義と、意味づけは違う事柄だから、混同してはいけない。

 どちらの説を支持してよいものやら、まったくもって、さっぱりわかりませぬが、なんとなく、「主が救う」ほうが、「マタイ福音書」の文脈としては、うまくまとまりそうです。

マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。
…………
 「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
 その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
『聖書 新共同訳』「マタイによる福音書」第 1 章 21, 23 節

 こういうことも、各自の判断が、それぞれに、重要なのだと思われます。


Emmanuhel :「イザヤ書」と「マタイ福音書」
http://theendoftakechan.web.fc2.com/atDawn/Messias/Emmanuhel.html

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