2015年9月25日金曜日

続・神という仮説

もう、三カ月も前の話です。夏は、台風とともに去りました。

―― 覚え書き

2015年6月22日月曜日
ラプラスの「神という仮説」に関する資料

ラプラスの魔
http://theendoftakechan.web.fc2.com/Principles/Laplace.html

『数学をつくった人びと』
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/Bell.html

――

 それから、ゼロとアリストテレスとデカルトとラプラスに関係しそうな資料を積み重ねてきました。

 結局、ライプニッツの「充足理由律」で、いったんしゅうそくの運びです。

 あと――、
資料がけっこう散乱してきたので、グーグルのカスタム検索機能を使った
「サイト内検索窓」を設置しました。


ライプニッツ「充足理由律」
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/monadologie.html



追記:http://theendoftakechan.web.fc2.com/

トップページにも「Google カスタム検索」ボックス装着完了しました


2015年9月18日金曜日

すべての現象には 必ず理由がある 《 Leibniz 》

この表題の語句の言いだしっぺは――いまや、誰かはわからないんですけれど、

慣用句の如くに有名にしたのは、まぎれもなく、――それはガリレオではなくて、

その数十年後に登場したライプニッツ、なのであります。

この天才の物語は、戦禍に荒廃した祖国ドイツを出て、花の都パリへと出張したあたりから、
次第に加速して、始まるようです。
――伝記は、まだ読んでいません、が下村寅太郎『ライプニッツ研究』に、そう書いてありました。

フランスの都、パリに上京した当時のライプニッツはまだ、

デカルトの「幾何学」さえ、知らなかったといいます。
それが数年にして、世界的な、数学の最先端に位置するようになったという、天才ぶりです。

彼が、その画期的な微分法を開発したのは、ニュートンとほぼ同時期で、
現在の微積分の方程式の記号には、ライプニッツの方式が使われています。
ライプニッツは、記号学の覇者でもあったのです。

その「微分積分」にかんしては、
風の噂によりますと、ニュートンの祖国イギリスでは、ニュートンの先取権に拘泥するあまり、
世界の風潮に逆らってニュートンの「流率法」のやり方に従ってその後の数学を運用しようとして、
世界の数学界から、かなり水をあけられてしまった、という話です。
――あくまで小耳に挟んだ、風聞にすぎませぬが。

ちなみに、表題の、
ライプニッツの主張は、「充足理由律」と、いいます。


ライプニッツ『形而上学叙説』
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/Leibniz.html

2015年9月7日月曜日

カントのデカルト批判

このところ、ベーコンからデカルトへの思想の流れを追ってきたわけなのですが、
整理のためもあって、いま一度、関係資料を〔再度〕ピックアップして、

その典拠なども並べた挙げ句に、

キリスト教の最初期に「異端」宣告を受けた、オリゲネスのことなども、調べてみました。


さて――。

デカルトの何がいけなかったのか、カントがじっくり詳しく、その
『純粋理性批判』 に書き記しているので、そのあたりを、引用してみたところ、

ライプニッツに行き当たったため、次は、「充足理由律」つまり、

  すべてのものには、必ず原因がある。

などという話になろうかと、思われます。


哲学の系譜 ―哲学に属するもの―
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/philosophiae.html

2015年9月2日水曜日

デカルトの座標と「デカルト座標」

かつて、
デカルト『幾何学』(ちくま学芸文庫)という本をめくってはみたけれど、
そこに所謂―いわゆる―「デカルト座標」は皆目、見受けられなかった。

――にもかかわらず、デカルトの座標は「デカルト座標」でなければ、
どうにも説明がつけられず、その当座(今年の7月)に、自身でそう決着をつけた。

デカルトは、直交するふたつの数直線を幾何学に合体させることで、図形の長さやらなにやらを、それらふたつの数直線の交点を基準とする、二種の数値で表現してしまったのだ。

このように書いたのである。

――が、やはり、未確認の情報を勝手に決めつけるのは、誤謬の元である。

このたび、デカルトの座標は「デカルト座標」ではないと書いてある、
文献に出くわした、のである。

いま一度探してみたところ、デカルトの座標がどのようなものであり、
そこからデカルトはどのように解析幾何学を創出していったのかが解説してある、
『近藤洋逸数学史著作集 [ 2 ]』「数学思想史序説」というありがたい書物に辿りつけた。

そういうわけで、このたび情報の修正されたページをアップする、ことができた。
幸いなことである。

デカルトの座標と「デカルト座標」についての修正
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/geometrie.html#tetsugaku5r01


ページのトップは、こちら。

デカルト「幾何学」
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/geometrie.html

2015年8月27日木曜日

ガリレオの望遠鏡

ガリレオが開発した天体望遠鏡は、悪魔の発明と恐れられ、世の自然哲学者たちから忌み嫌われた。
ガリレオの失敗とは何だったのか?

ひとは、見たくないものは、見たくないのだし、だから見えないのだし、
かりに見えたとしても、ちゃんと認識できないのであって……、と、いうことに尽きるようだ。
そのことは、それを嘆いたガリレオにしても、同様に思われた――。

人間は自然を、結局は見たいようにしか、見てないのだろうし、見えてないのであろう。

『コペルニクス的宇宙の生成 Ⅲ』 に、詳しい説明がありましたので、その引用文にて。

 ⇒ ガリレオの望遠鏡


覚え書き
 そのための、新しいインデックスページに、これまでの主な文献登場人物の生没年を、時代に従ってまとめてみました。
 それと、このブログへの逆リンクをトップページと、マップページに、設置しました。


ガリレオの望遠鏡
http://theendoftakechan.web.fc2.com/atDawn/GalileoGalilei.html

at Dawn (これまでの主な文献登場人物年表)
http://theendoftakechan.web.fc2.com/atDawn/

Top Page
http://theendoftakechan.web.fc2.com/

Site Map Page
http://theendoftakechan.web.fc2.com/map.html

2015年8月21日金曜日

『デカルトの誤り』及び養老孟司『唯脳論』での推論

アントニオ・R・ダマシオ『デカルトの誤り』という本で、

デカルトの誤りを一つだけ選ぶとすれば、デカルトの〈どの〉誤りを選ぶべきかが、考察されて、
『方法序説』にフランス語で “Je pense donc je suis” と書かれ、あるいは、
『哲学の原理』にラテン語で “Cogito ergo sum” と書かれた、あの有名な
「我思う、ゆえに我在り」が選ばれるべきだろうというようなことが、記述されているが、

「『原理』では ego cogito, ergo sum (私は考える、ゆえに私はある。第一部七節)」

という、山田弘明『方法序説』ちくま学芸文庫 (P. 235) の「訳注」は残念ながら、
彼らには遅すぎたようだ。

この件は、日本のウィキペディア「我思う、ゆえに我あり」にも掲載されており、
日本の読者なら、そのラテン語の誤りは、その気になればすぐにでも調べがつくはずだ。

どうやら著者は
R. Descartes (1637). The Philosophical Works of Descartes, rendered into English by Elizabeth S. Haldane and G. R. T. Ross, vol. 1, page 101. New York: Cambridge University Press (1970).
を参照したようだが、あいにく、その該当箇所を確認するには至っていない。
そういえば、コピーライト表示のページの原書名にも、ささやかなエラーが見受けられた。


そういえば――ということで、ついでに養老孟司『唯脳論』の勘違いにも言及しようとして、
まったくの悪口になるはずが、こちらはどういうわけか、
「調べなかったがゆえの、前進」を発見することになり、
「デカルト自身は、自らの出版物に “Cogito, ergo sum” と書いたことは一度もないようだ」
と知っていたなら、とてもこのように見事な論説は不可能であっただろう、という、ようわからん結論に現在は至っている。

そういえば――ということで、夏目漱石の『吾輩は猫である』にもデカルトは出現していた。


 そんなこんなで、デカルトの「コギト」について、自分なりに資料をまとめてみました、とさ。


デカルトの「方法」
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/methode.html

デカルト 「第一原理」
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/Descartes.html

2015年8月14日金曜日

自然の光 という自然哲学的思想

自然神学と自然哲学との関わりから、

2015年7月1日水曜日
謂ゆるスピノザの「神即自然」というガラパ学説 について

2015年7月8日水曜日
《知は力なり》という学説 というより慣用句

という表題でこの場に文章を書いてから、はや、ひと月以上が経過して、

スピノザが論点とした、デカルトの「思惟」と「延長」について、
あるいは、ベーコンやデカルトが、拠り所としようとした「自然の光」について、
もしくは、打ち破ろうとしたアリストテレス主義というものについて、

『アリストテレス全集』の解説でも触れられていたボエティウスから、

トマス・アクィナスに続く道が、ようやく見えてきたような感じです。

それに加えて、イスラム経由のアリストテレス哲学がなぜ危険視され、異端視されたか、
その理由もある程度、明確化された記述にも、行き当たることができました。

ぶっちゃけ、新しい思想は、その完成度が高ければ高いほど、
危険視され、排除されようとする、ということのようです。
それは、つまり、
旧(保守)勢力の既得権益がそれだけ阻害され、破壊されてしまう危険性が高くなるためなのです。

そしてそれと同じことは、アリストテレスがキリスト教神学の礎となった後[のち]にもまた、
繰り返されることになったのです。

異端視される者たちは、現在のように刷新された当時と同様の思想を「新しい言葉」で語り、
それが受け入れられた後には、もっと「新しい言葉」で語られた彼らの思想を、
異端として、敵視してしまうようなのです。

トマスもベーコンもデカルトも、「神の知」と「人の知」について、
結局は、同じことをいっているように思われます。

――すなわち、ひとは思い上がってはいけない、と。

デカルトの言葉を、『デカルト著作集 3』(P. 77) から引用してみましょう。

 しかし、他のすべてに先立って、最高の規則として記憶に銘じておかなければならないことがある。それは、神によってわれわれに啓示されたことは、すべてのうちで最も確実なものであると信じなければならないということである。そして、たまたま理性の光が何かそれとは他のことを、このうえなく明晰で明証的なこととしてわれわれに暗示するように思われることがあっても、われわれ自身の判断によりもむしろ神の権威のみに、信を置くようにすべきである。~~。  〔第一部 76〕


ちなみに、トマス・アクィナスは『神学大全』第 3 問第 2 項で、「延長的量」に言及しており、

「延長的量」quantitas dimensiva とは、縦、横、高さの三次元に拡がる量である。
という解説が訳者により施されています。


〔再 (7月1日)〕 スピノザ ―― 《 自然という書物 》
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/LiberNaturae.html

〔再 (7月8日)〕 ベーコン ―― 自然の光 1
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/Bacon.html

自然の光 2
http://theendoftakechan.web.fc2.com/nStage/LumenNaturale.html