2019年3月1日金曜日

カガミの舟: 海を渡る蛇

○ 吉野裕子著『蛇 ―― 日本の蛇信仰』に《カガミの舟》を考察した興味深い論がある。

『吉野裕子全集 4』

『蛇』〔初刊:1979 年 2 月 法政大学出版局 / 再刊:1999 年 5 月 講談社(講談社学術文庫)〕

 第二章 蛇の古語「カカ」

〈二 カガミ〉
「故、大国主神、出雲の御大[みほ]の御前[みさき]に坐[ま]す時、波の穂より天の羅摩[かがみ]船に乗りて、鵝の皮を内剝[うつはぎ]に剥ぎて衣服として、より来る神ありき。ここにその名を問はせども答へず。また所従[みとも]の諸神に問はせども皆「知らず」と白しき。ここにたにぐくまをしつらく「こはくえびこぞ必ず知りつらむ」とまをしつれば、即ちくえびこを召して問はす時に「こは神産巣日[かみむすび]神の御子、少名毘古那神[すくなひこなのかみ]ぞ」と答へ白しき。…… 故、それより大穴牟遅と少名毘古那と、二柱の神相並ばして、この国を作り堅めたまひき。さて後は、この少名毘古那神は、常世国に渡りましき。故その少名毘古那神を顕し白せしいはゆるくえひこは、今に山田の曽富騰[そほど]といふぞ。この神は足は行かねども、ことごとに天の下の事を知れる神なり」(『古事記』上巻)。

「頃時[しまらく]ありて一[ひとり]筒の小男[をぐな]あり。白蘞[かがみ]の皮以ちて舟とし、さざきの羽以ちて衣として、潮のまにまに泛び到りき、大巳貴[おうなむち]の神、掌中に取り置きて、もてあそびしかば跳りてその頬[つら]をくひき。その物色[かたち]を怪みて使を遣して天つ神に白[まを]しき。時に高皇産霊[たかみむすび]の尊、聞しめしてのりたまひしく、「吾が産める児すべて一千五百座あり。その中に一の児いと悪しくして教養[をしへ]に順はず、指間[たなまた]より漏きおちしはかならず彼[それ]ならむ。宜愛[うべめぐ]みて養[ひた]せ」とのりたまひき。こは少彦名命[すくなひこなのみこと]なり」(『日本書紀』巻一、傍線筆者、以下も同じ)。

 このように同じ「カガミ」の語に対して、『古事記』には「羅摩」の字が宛てられ、『書紀』ではそれが「白蘞」となっている。
 またここにはじめてみえる山田の「曽富騰[そほど]」は、『記伝』によれば『古今集』以下の歌に見える「そほづ」と同じで「案山子[かかし]」のこととされ、これが定説となっている。
 それではこの羅摩(蘿摩)と白蘞は古来、どのように解釈されているのだろうか。
 『和名抄』には、
「芄蘭。本草云蘿摩子一名芄蘭。和名加加美
と見え、『重修本草綱目啓蒙 十五 蔓草』には
「蘿摩。カガミグサ・ガガイモ・チチグサ
山野に最も多し。春旧根より苗を生じ、藤蔓繁延す。…… 茎葉を断ずれば白汁出、夏月、葉間に穂を生ず。長さ一・二寸の小花を開く。五弁にして、形、鈴鐸の如し ……。」
と説明されている。
 一方、『紀』において少彦名命の舟とされている白蘞は、『和名抄』には、「夜末賀々美[やまかがみ]」と訓まれ、『重修本草綱目啓蒙 十五 蔓草』は、これを次のように説明している。
「白蘞。和産なし …… 春、宿根より苗を生ず。藤蔓甚長し。其葉、初生するものは円にして尖り、次に生ずるものは三尖となる。並に鋸歯ありて蛇葡萄[のぶどう]葉に似たり ……」
 神話に登場する二つの「カガミ」、つまり「蘿摩」と「白蘞」は右のように解説されている。……
〔『吉野裕子全集 4』(pp. 56-58)


○ また一方で、焼畑に関する資料に「カガシ(カカシ)」についての次のような記録がある。

『焼畑民俗文化論』

Ⅱ 焼畑系基層民俗文化の実際

「9 害獣との戦い」

  一 猪 〈一 防除法〉
  1 臭気による防除
 猪は嗅覚の鋭い獣である。この猪の性質を逆用して猪を防除する方法があった。その、臭気による猪の防除法を大別すると、1・クタシ系、2・カガシ系、3・カコ系の三種となる。
…………
  ◍ 節分呪法「ヤイカガシ」の起源 ◍
 「ヤイカガシ」は「焼き嗅がし」の意である。ここで想起されるのは、全国各地で節分の日に広く行われる「ヤイカガシ」である。…… 静岡市閑蔵では、樒に鰯の頭を包み、柊、ビンカ、エビ蔓(野ブドウ)を添え、家の主の箸にはさんで揷す。箸も、柳、山椒など木を選ぶ地が多い。
 節分のヤイカガシの発生基盤が焼畑の害獣除けにあったことは、次の諸点によって明らかになろう。 ⑴ 悪臭物を焼き焦がして嗅がせることによって外来の侵入物を遮断、防御する。 ⑵「ヤイカガシ」という共通の名称が見られること ⑶ 境に設置すること ⑷ 静岡市奥仙俣に、椿の葉に毛髪をはさんで立てる形の猪除けが残っているが、ここに、樒の葉に鰯の頭を包む方法の原型を見ることができること ⑸ 箸または箸状のものにはさんで立てること ⑹ 宵の口に焦がすこと などである。節分は、追儺と民間信仰が習合したものと考えられているが、その中の「ヤイカガシ」は、焼畑文化圏で発生した民俗なのである。焼畑農民が、生活経験の中で強臭物を焼き焦がして害獣を防いだ経験から、その方法を住居に侵入する病魔・悪霊を遮断、追放する呪術に応用したのであった。これが、広く、稲作文化圏にも及んだものと見てよかろう。静岡県榛原郡本川根町土本では節分の日、ヤイカガシを作った時に、家の畑一枚一枚に樒の枝を揷す習慣があった。節分のヤイカガシと畑のヤイカガシの脈絡の残存と見てよかろう。
〔野本寛一/著『焼畑民俗文化論』(p. 162, pp. 168-169)

The End of Takechan

◎ 古事記と日本書紀の記述に共通している《海から来る神》と、蛇(セグロウミヘビ)に関する考察をここで参照しよう。―― ちなみに「虹霓虹蜺(こうげい)」という言葉があって、古くは虹を竜の一種と考え「雄を虹、雌を霓・蜺といった」ことが辞書に載っている。

『谷川健一全集 4』

『古代海人の世界』〔初出: 1995 年 12 月 10 日、小学館発行〕

 第一章 古代海人の世界 「三 海霊と海神」
〈海霊から海神へ〉

 威霊であるタマがあり、それがやがて人格的なカミに発展した、という説を折口信夫は唱えている(「霊魂の話」)。常世国から訪れた威霊が、大国主命(大己貴[おおなむち]神)に付着して国土経営の力を与えたが、その威霊がやがて少彦名[すくなびこな]命という人格神になった、と折口は考える。
 大国主命のヌシは、ニジと同じく蛇(類)と語源を一[いつ]にする言葉であるから、大国主の別名、大国魂のタマも、蛇(類)のもつ威霊と無縁ではないだろう。『日本書紀』は、少彦名命が常世に帰っていったあとで、「神[あや]しき光海[うな]に照[てら]して」やってくるものがいた、と記している。大国主命がその正体を問うと、「自分はお前の幸魂奇魂[さきみたまくしみたま]である」と答えた。「どこに住みたいか」と聞くと、「大和[やまと]の三輪山に住みたい」と答えた、とある。
「神しき光海に照して」やってくるものが、ほかならぬセグロウミヘビであることを、私はすでに明らかにしている(『神・人間・動物』)。それが大国主命の幸魂奇魂というのであるが、幸は幸運をもたらす威霊であるから、セグロウミヘビの動物霊が外来の威霊となって、大国主命に付着した、ということになる。三輪山の神が蛇であることは、三輪山伝説が伝えるところである。こうしてみると、大国主命の別称の大国主神、または大国魂神という場合の神は、集団の人格神を強調するために、のちに付加したものであることが分かる。海霊から海神へという観念の発展過程は、この例からも立証できる。
〔『谷川健一全集 4』(p. 320)


〈ミアレの浜〉に依りきたる《海から来る神》


◈ 古事記では、オホクニヌシとスクナビコナが出会ったのは、ミホのミサキであった。そしてスクナビコナが常世の国に去ったあと、オホモノヌシが、スクナビコナと同じように海からやって来る。
◈ 日本書紀では、オホクニヌシは出雲のイササの浜でスクナビコナと出会い、その直前の記述として、出雲の海でオホモノヌシと出会う。

◎ スクナビコナが乗り、出雲の浜に漂い着いた《カガミの舟》とは何か?
 「ミ」は十二支で「巳」であり「蛇」をさす、が ……。
 大和の三輪山に代表される〈ミモロの山〉の「ミ」が神の意であるなら、おそらく出雲の〈ミアレの浜〉の「ミ」も「神」のことであろうし、そうであるなら「御大之御前」の〈ミホ〉も〈ミサキ〉も、神がかりしてくる。すなわち、神や貴人が誕生ないしは降臨する「みあれ」は現代に「御生・御阿礼」と書かれるように、その「ミ」は「御」とも表記される。
 ようするに「御」はそもそも〈カミ〉を意味する「ミ」であったと思われる。
 そして「」は古く清音で「カカヤク」であった。〈カカ〉といい〈カガ〉というのは、〈輝くモノ〉の意であり、それは〈蛇の目〉の表現でもあったろう。
―― ならば。出雲の〈ミアレの浜〉に依りきたる《カガミの舟》の〈ミ〉が、もし〈神〉の意であるなら、それは《蛇神の舟》を意味することになる。

◉ 日本海に面した島根半島のミアレの浜へと、陰暦の十月、アナジの風の吹くころに、金色に光るセグロウミヘビが沖から漂着し、その海蛇が出雲の社(やしろ)の神事で重要な役割をもつという。

出雲の神在月に、海を照らしてやって来る神は、色鮮やかな海蛇であった。



Google サイト で、本日、もう少し詳しい内容のものを公開しました。

カガミの舟: 海を渡る蛇
https://sites.google.com/view/emergence2/tsuge/kagami

バックアップ・ページでは、パソコン用に見た目のわかりやすいレイアウトを工夫しています。

カガミの舟: 海を渡る蛇 バックアップ・ページ
http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/tsurugi/kagami.html

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