もはや先月のことになりますけれども、仏教経典の『大智度論』に〈ジャータカ〉として、《一角仙人》の物語が記述されている、ということを書きました。〈ジャータカ (jātaka) 〉というのは、もともとサンスクリット語で、一般には〈本生譚(ほんじょうたん)〉という和訳も多く用いられるわけです。
この、《一角仙人》の物語はインドの古典『マハーバーラタ』では、次のようになっています。
『マハーバーラタ』 第二巻
〔山際素男/編訳 1992年05月15日 三一書房/発行〕
森の巻 ❖ ヴァナ・パルヴァン[第三巻]
「ユディシュティラの巡礼」 角のある聖仙の話
(pp.144-145)
更に彼らは、大聖仙カシュヤパの息子であるヴィバーンダカの子、リシュヤシュリンガ(かもしかの角をもつものの意、仏教では一角仙人といわれる)聖仙の隠棲地に辿りついた。
ローマシャは、そこでリシュヤシュリンガの行った奇跡について物語った。
「昔、聖仙ヴィバーンダカが長く厳しい苦行を行い、疲れた体を癒そうと湖に行き、体を洗った。その時、天界一の美女と謳[うた]われたアプサラス、ウルヴァシーの姿を見、欲情を覚え思わず水中に射精してしまった。ちょうどその時梵天ブラフマーの命[めい]で牝鹿になったウルヴァシーが渇きを癒そうと、その水を飲み聖仙[リシ]の精液も一緒に飲んでしまったのだ。そして身籠[みごも]ったのがリシュヤシュリンガである。生れつき彼の額には小さな角がありそのためリシュヤシュリンガ(鹿の角を持つ者)と呼ばれるようになった。
ここで物語の舞台はインドを離れて、その西側の、とある湖へと移ります。
興味深いことには、ゾロアスター教の伝説によると、ザラスシュトラ(ゾロアスター)の末裔が、救世主として 3 人生まれるというのです。
というのは現在ではハームーン湖と呼ばれる湖(伝承ではカンス海)に、ザラスシュトラの精子がおそらくは〝冷凍保存〟されているからであって、世界が終末期を迎えると、その始まりから 1000 年ごとに、由緒ある 15 才の少女が、その湖の水を飲んでサオシュヤントと呼ばれる救世主をそれぞれ受胎するからなのでした。
⛞ そして、そのザラスシュトラの精子をフラワシ(守護霊・守護天使)がその間ずっと守り続けているということが、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の「フラワルディーン・ヤシュト」に記述されているのでした。
『ゾロアスター教』神々への讃歌
〔岡田明憲/著 1982年10月25日初刷 1998年04月30日四刷新装版三刷 平河出版社/発行〕
「フラワルディーン・ヤシュト」 第二十節
(pp.284-285)
62
義なる者たちの、善き、強き、聖なるフラワシを我らは祭る。
彼らは、彼の義なるスピターマ・ザラスシュトラの精子を見守る〔註150〕、
九万九千九百九十九〔柱のフラワシ〕は。
註150 中世ペルシア語書『ブンダヒシュン』によれば、ザラスシュトラが彼の第三夫人たるフウォーウィーに近づいた際に大地に落ちた精子を、ナルヨー・サンハが受け、アナーヒターがカンス海へ運んだとされる。そして、このカンス海で水浴したる乙女によってサオシュヤントが出生するのである。
⛞ いっぽう、漢訳された仏教経典では「天女」などとされている、サンスクリット語のアプサラス (apsaras) の、もともとの意味は「天上の水精女」であることが辞書に書かれています。
そして、『マハーバーラタ』の物語において、湖の水を飲み、一角仙人を生んだ、ウルヴァシー (Urvaśī) は、そのアプサラスたちの中でも特別扱いされていて、リグ・ヴェーダにも登場して半神族のガンダルヴァらと人間界をつなぐ役目をする、代表的な存在でした。
✐ そして「フラワルディーン・ヤシュト (§62) 」で、救世主の誕生までを見守るフラワシ (fravaši) は、
フラワシを祭るハマスパスマエーダヤ(万霊節)は、ゾロアスター教の七大祭の一つであった。一年の最後に祝われるこの祭りの夜、フラワシは生ける人びとのうちに帰ってくるのである。
〔ちくま学芸文庫『宗祖ゾロアスター』前田耕作/著 2003年07月09日 筑摩書房/発行 p.216〕
と、位置づけられ、イランの言語で「霊魂」を意味するウルヴァン urvan(ソグド語 rw’n, ’rw’n )は《盂蘭盆》の原語であったとも考えられている、という次第であることが、そのほかのさまざまな文献からみえてきたのでした。
―― でもって、和訳された原典等を参照・引用したページを、以下のサイトで公開しています。
http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/amrta/avesta.html
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