2021年5月14日金曜日

アヴェスターのアフラ/ヴェーダのアスラ

 ヴェーダの〈アスラ〉は、仏典で〈阿修羅〉という漢字が多く用いられ「あしゅら」と呼ばれています。


 ゾロアスター教やバラモン教についての解説書などを紐解きますれば、その昔イラン高原を目指したアーリア人が聖典として『アヴェスター』を残し、インドに進出した別のグループが聖典として『ヴェーダ』を残したと、おおむねそのように説かれています。

 イラン高原の聖典『アヴェスター』における最強の光の神が〈アフラ・マズダー〉で、その神格は「アフラ(主)」と「マズダー(叡智)」の、ふたつの語によって示されるといいます。

 かたやインドの聖典『ヴェーダ』では、〈アフラ〉と語源を同じくする〈アスラ〉はいつしか神々に敵対する側の勢力、すなわち魔軍の名前とされ、悪魔の一族とみなされるように変遷していきます。

 そしてそれらの神話を構成する、原始アーリア人社会には厳格な階級の区別があって、最上位に神官階級が設定されていたわけです。

 ひとまずここでそのあたりの事情を解説書から抜粋しておきましょう。


『新ゾロアスター教史』

〔青木健/著 2019年03月28日 刀水書房/発行〕


「プロローグ 原始アーリア人の民族移動」

 第一節

 (p.11)

 マルギアナ・バクトリアまで南下した原始アーリア人は、紀元前一五〇〇年ころに再びなんらかの理由で第二次民族移動を開始し、東方のインド亜大陸をめざすグループと西方のイラン高原をめざすグループに分かれた。前者は、インダス文明を築いたとみられる先住のドラヴィダ人の居住空間に入りこみ、インド亜大陸の支配者となった。インダス文明の滅亡と原始アーリア人の侵入の時期は微妙に重なるものの、両者の間に因果関係があったとは証明されていない。ともかく、地味豊穣のインド亜大陸に定住したアーリア人は、先住民族ドラヴィダ人の宗教を吸収してバラモン教を創案し、後世それをヒンドゥー教へと脱皮させながら、長くインド亜大陸の文化的規範を創りあげた。


 第二節

 (pp.14-15)

 神官階級が祈りを捧げるべき神格は多岐にわたるが、大別すれば、倫理的機能を司るアフラ神群(サンスクリット語でアスラ神群)と、自然的機能を司るダエーヴァ神群(サンスクリット語でデーヴァ神群)に二分することができる。

  • アフラ神群 ―― ミスラ、ヴァルナ、アルヤマンなど
  • ダエーヴァ神群 ―― インドラ、ナーサティヤなど

 のちに、原始アーリア人がイラン高原とインド亜大陸に分かれると、どちらの神群を重視するかの取捨選択がはっきりと分かれた。イラン高原のアーリア人は、アフラ神群を尊んで人間の倫理的規範を重視し、善と悪を峻別した。この選択で損をしたのはダエーヴァ神群で、本来はアフラ神群と対立するような存在ではない別系統の神々だったのが、一転して悪魔の地位にまで貶[おとし]められた。ゾロアスター教の善悪二元論の教えも、起源をさかのぼればこの選択の中に胚胎している。これに対し、インド亜大陸のアーリア人は、デーヴァ神群を尊んだものの、アフラ神群を排斥したわけではなかった。その結果、ヴェーダの宗教から、バラモン教、ヒンドゥー教へと、多神教的な発展を遂げていくことになる。



―― 勝てば神軍、負ければ魔軍、なのは世の常、神話の常。つまるところ、もともとは対等の神々だったふたつの神群が、その後の事情で、片方が〝悪いヤツ〟にされてしまったということのようです。

 ようするに仏教経典にも登場して、のちに《天龍八部衆》の一員にあげられる〈阿修羅〉は、そもそも単独の神ではなく、神々の派閥の名でした。バラモン教の『リグ・ヴェーダ』では、霊力の強い神々〈アスラ〉の代表として、ヴァルナとミトラが特に讃えられています。また初期の仏典でもいろいろな名前の「阿修羅王」が話題の中心にしばしば出てきます。

 そして、興味深いことには、イラン高原において〝光の神々〟であった〈アフラ〉の位置づけは、インドでも〈アスラ〉にその影響を残していたらしく、「照らす」とか「太陽神」を意味する〈ヴィローチャナ〉というサンスクリット語が、『チャーンドーグヤ=ウパニシャッド』で〈アスラ〉一族の代表者の名に用いられています。「ウパニシャッド」というのは『ヴェーダ』の〝奥義書〟とされる文献です。


 ここでさらに興味深いことにインドの古典『マハーバーラタ』でも、〈ヴィローチャナ〉は〈アスラ〉の名前なのですけれども、〈ヴィローチャナ〉の息子を〈バリ〉といい、〈バリ〉は〈ヴァイローチャナ〉とも呼ばれるようです。

 でもって、奈良・東大寺の大仏〔奈良大仏〕を〈盧舎那仏(るしゃなぶつ)〉といい、これは〈毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)〉に同じであるとされていて、〈毘盧遮那仏〉は最終如来である〈大日如来〉の別名なのですね。

 そしてこの漢訳された〈毘盧遮那〉は、サンスクリット語の〈ヴァイローチャナ〉であるという次第です。


 続けて調べていくと、未来の救世主〈弥勒菩薩〉まで出てきて、話が転転 ……〈転輪聖王〉は「てんりんじょうおう」と読むらしいのですけれど。


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