たとえば、ネパールの獅子像にあって最も注目に値する特色は、頭上にある「宝珠」だろう。
―― というのは、『獅子』
〔荒俣宏/著・大村次郷/写真 2000年12月27日 集英社/発行〕
「ネパールの宝珠を冠った獅子」(p.56) にある一文です。
日本の神社に鎮座する《狛犬(こまいぬ)》は《高麗(こま)犬》のことだとされますが、お寺にある仁王像のように「阿吽(あうん)」が一対となっていて、そもそもは口を開けた「阿」が《獅子》で閉じた「吽」が《狛犬》という役割分担があって《獅子・狛犬》と呼ばれていました。
そして古くは、《獅子》には頭頂に〈宝珠〉があって、《狛犬》の頭頂には〈一角〉がある場合が多いのです。
頭頂に〈一角〉をもつ《一角獣》は、西洋ではユニコーンとして知られていますけれども、日本には、《狛犬》のほかに幻獣《麒麟》とか《麒麟獅子(きりんじし)》とかがいるわけです。
日本への伝来以前を考えると、中国に野生のライオンはいないため、漢の時代に《獅子》を語る中国人にとって《獅子》は幻想動物に近かったかもしれません。
また幻想動物(合成獣)である《麒麟》の最大の特徴としては、『大漢和辞典』でも「頭上肉に包まれた一角あり」と解説されるように、〝角の先端が肉に覆われている一角獣〟ということでしょう。
この〝角の先端が肉に覆われている〟状態は、ネパールにある獅子像の〈宝珠〉と見た目は同じであるともいえます。
実際に、その見た印象は、ネパールの獅子像と同じような〈宝珠〉だったとしても、〈一角〉を持つ青銅の鍍金像が中国の河南省から出土した際には、後漢の時代の《麒麟》の像であるとされるわけです。
頭頂にあるのが〈宝珠〉ならば《獅子》で、〈一角〉ならば《麒麟》であると前提するなら、もしかして《狛犬》はもともと《麒麟》の担当であったかもしれないと、空想は飛翔していきますが。
中国では、いまも各地に残る、角や翼のある巨大な霊獣の像を麒麟像と呼ぶ場合があるようです。
そこから時空を超え、西域から渡ってきた霊獣《獅子》と、中国の《麒麟》伝説が融合した千年以上も先の未来、日本の江戸時代に〝麒麟獅子舞〟が因幡国で行われるようになった次第でありましょうか。
✥ ところで、ライオンを表す漢語は〝獅子〟ですが、〝獅〟という文字は、ペルシャ語の「シール (shīr) 」の音写であるとも、サンスクリット語の「シンハ (shṃha = shṁha) 」を翻訳したものであるともいわれています。
サンスクリット語に近いパーリ語では、ライオンは「シーハ (sīha) 」で、それと似た発音の「シンガ (siṅga) 」では「角、角笛、角の容器」とか「若獣、子牛」の意味になります。
〔水野弘元/著『増補改訂パーリ語辞典』(p.357, p.354)〕
また、玉を持つタイプの唐獅子を「狻猊(さんげい)」といって、この言葉はチベット語「センゲ」“seṅ ge (seng ge)” の音写であるともいわれます。
⛞ チベット語の〝獅子〟“seṅ ge” は、次のように記述されます。
〔〝獅子座〟“seṅ geḥi khri” は、仏陀の座る場所のことになります。〕
『チベット語字典』 草稿本(縮刷版)
〔芳村修基/編 法蔵館/発行〕
(p.1021)
སེང་གེ ① siṁha 狮子
(p.1022)
སེང་གེའི་ཁྲི (日)狮子座
⛞ サンスクリット語の〝獅子〟「シンハ “siṁha” 」は、次のように記述されます。
V. S. アプテ『梵英辞典』(改訂増補版)
〔昭和53年04月15日 複製第1刷 臨川書店/発行〕
(p.1679)
सिंहः 1. A lion
✥ そして、興味深いことには、「ライオン」の意味をもつスワヒリ語が「シンバ(スィンバ)」という発音なのでした。
ちなみに、現実の《一角獣》は、インド原産の「一角犀」しか存在しないといわれています。
―― 各種資料を参照した詳しい内容のページを、以下のサイトで公開しています。
http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/hitsuge/unicorn.html
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