◎ ライオンを制圧する伝説のギルガメシュ王を表現したと思われる、有名な図柄がありますが、その絵柄と同じような構図を持つ出土品が、メソポタミア以外で、エジプトとインダスの遺跡からも発見されています。
『五〇〇〇年前の日常』シュメル人たちの物語
〔小林登志子/著 2007年02月22日 新潮社/発行〕
Ⅳ 商人が往来する世界
「エジプト人と戦ったシュメル人」
(pp.162-163)
古代のシュメル人とエジプト人との交流を示す手掛かりが残っている。たとえば、エジプトでは、先王朝時代(前五五〇〇~前三一〇〇年頃)後期の遺跡からはシュメルの円筒印章が出土しているし、同じ時期に作られた「ジェベル・エル・アラクのナイフ」は一九世紀末にフランスの考古学者 G・ベネディトが中部エジプトのジェベル・エル・アラクで購入し、ルーヴル美術館に収蔵された。フリント(火打石)製ナイフの柄は河馬の牙製で両面に装飾が施されているが、その中にメソポタミアとエジプトとの交流を物語る面白い図柄がある。一方の面には、メソポタミアにおけるウルク文化期(前三五〇〇~前三一〇〇年頃)後期の円筒印章印影図などに見られる王の姿とそっくりの人物が前後にライオンを御している。
もう一方の面は船戦[ふないくさ]の場面で、二種類の船が見える。
柄の真ん中よりも少し下に見える船は船首、船尾ともに垂直に持ち上がった形で、この形の船はウルク文化期の円筒印章印影図に見え、シュメルの船である。また、下の方の船はエジプト先王朝時代の土器に描かれている船と同じ形で、エジプトの船である。これはシュメル人とエジプト人が戦った記録で、エジプト人はシュメル人に勝ったことを伝えたかったにちがいない。負け戦は記録に残さないだろう。
◎ このナイフは、
『世界美術大全集 第 2 巻』〔 1994 年 4 月 10 日 小学館発行〕
「エジプト美術」(p.344) では、
ナイフ
先王朝 ナカーダⅢ期 前 3200 年頃
伝ジャバル・アル=アラク出土
フリント 河馬の牙 長さ 25.5 cm
Knife with relief
Probably from Jabal al-Arak.
と記録され、また他の文献で、次の記事とともに紹介されています。
『NHK ルーブル美術館 Ⅰ』
文明の曙光 古代エジプト/オリエント
〔高階秀爾/監修 青柳正規/責任編集 昭和60年05月20日 日本放送出版協会/発行〕
(p.21)
ゲベル・エル・アラクのナイフ
上エジプトのゲベル・エル・アラクから出土したのでこの名がある。先史時代紀元前 3400 年頃の重要な遺品で、淡褐色の燧石に刻まれた刃は金の薄片で固定されていたが、その跡を残すだけである。象牙製の柄の両面に精巧な浮彫が刻まれている。
戦闘場面は、坊主頭の民族と、長く編んだ髪を垂らした民族とが、ナイル河の上で戦闘している。人物はすべて裸体で、戦死した兵士の遺体が船の間に横たわっている。坊主頭の民族は、おそらく侵入したアジア人で、他がエジプト人であろう。
ライオンの面は、中央の突起部の周囲に、家畜がライオンに襲われている場面が展開し、首輪をつけた番犬が見られる。上方の 2 頭のライオンを締めつけているひげの男は、メソポタミアの伝説上の英雄ギルガメシュを想起させる。この浮彫は美術的にも優れているが、先王朝時代すでにエジプトとメソポタミアの交流が平和と軍事の両面で存在したことを物語る。先王朝時代。燧石・象牙製。
◎ インダス文明の遺跡からの出土品については、次の資料から抜粋しておきましょう。
世界の考古学 18『インダスの考古学』
〔近藤英夫[こんどう・ひでお]/著 2011年01月20日 同成社/発行〕
第 5 草 文明の精神世界
「1 文明期の神々」
(p.82)
Ⅷ)トラと闘う神
中央に立つ人物が、後ろ足で立つ左右のトラをおさえている図柄である。印章・護符にみられる。人物像には角がみられず、また腕輪もつけていない。モヘンジョ・ダロ出土の印章の図柄では(図 31 )、このシーンのみであるが、ハラッパー出土の土製護符では、足下にゾウが描かれている。
このモチーフはメソポタミアに起源するとされている。メソポタミアの場合は、両側の獣はライオンであることが多く、インダス的に変容したものと考えられる。
⛞ という次第で、上記引用文中に「人物像には角がみられず」とありますけれども、インダス文明の遺跡から出土する〝角のある人物像〟の図柄は、〈シヴァ神〉と関連づけて考えられることが多いようです。―― 有角神その他の項目、等々については、あらためて参照する予定です。
―― その他の資料を、参照・引用したページを、以下のサイトで公開しています。
http://theendoftakechan.web.fc2.com/eII/amrta/sumeru.html
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